(その十五)メス社会とオス社会

女王蜂は、働き蜂と交尾しながら、働き蜂を食べる。
一方、
百獣の王オスライオンは、メスライオンと交尾しながら、メスライオンを噛み殺す。
サル山のボス猿は、メス猿と交尾しながら、メス猿を噛み殺す。
そして、
万物の霊長、すなわち、生きとし生けるものの頂点に立つ人類は、食う食われる行為の最先端の現象である戦争において、勝利を収めた側の戦士は、負けた側の女を必ず強姦し殺す。
交尾と殺しは表裏一体関係にあることを示唆している。
人間社会では、貧富の表裏一体は、生死の表裏一体に連動していることを、婉曲的に示唆しており、延いては、オス・メスの表裏一体にまで繋がっているのである。
藤堂頼賢という虎の申し子は、恵美子をメスの虎と捉えたのか、それとも、時女王蜂と捉えたのか。
それなら、自分自身を働き蜂の立場に置かなければならない。
「鴨川をどり」で10年ぶりに上演されることになった舞踊劇「日本誕生」の主人公である倭建命(ヤマトタケルノミコト)を春若こと、畑恵美子が演ずることが決まったことを恵美子から聞いた藤堂頼賢は、その時までの恵美子への姿勢を変えざるを得なくなった。
恵美子は、「日本誕生」の開演が10日後に迫った日、鹿ヶ谷哲夫邸を訪問した。
玄関に出迎えに出てきた澄江の顔を見た途端、恵美子は感極まり、溢れ出る涙を抑えきれない自分に新たな一面を発見するのだった。
今まで出逢ったことのない相手なのに何度も会ったような記憶が脳裏を掠めることが、一生の中で数度はある。
澄江との邂逅は一度だけであるのに、何十年も前からの知己であるように思えるのは、単なるデジャブ現象で片付けられない奇異なものを感じる。
血の騒ぎを感じるのだ。
「いらっしゃい」
澄江の一言が恵美子の血を騒がすのである。
最初に出逢った時の彼女への言葉が、「まあ奥までお上がりやす!」であったのに、今日は「いらっしゃい」だ。
自分の家に帰ってきたような安心感を澄江の言葉が与えてくれる。
「おおきに、スミエはん!」
恵美子は精一杯甘えてみた。
「トラはんから聞いたんやけど、今年の『鴨川をどり』で主役を演じはるんやてほんまどすか?」
恵美子が鹿ヶ谷邸を訪れた際には、本人は無論のこと、澄江も事の重大さに気づいていなかったが、鹿ヶ谷哲夫は藤堂頼賢から聞いた時に既に見抜いていたのである。