(その十五)青い年

「それでは、若い者ほど、敏感なんですか?」
藤堂頼賢の問いかけに、以前の鹿ヶ谷哲夫なら、竹を割ったような返事をしていただろう。
京都大学哲学科で、その後、日本でも哲学界の第一人者と称せられるようになった人物と同級生であった鹿ヶ谷哲夫は、京都大学哲学科ですら白い巨塔という魑魅魍魎の世界があることを知った。
医学界の白い巨塔は世間も周知の事実となっていたが、医療という巨大市場を背景にした医学界は利権の坩堝であったのに対して、哲学界には市場観念すら存在しない徹底した地味な世界だと思っていただけに、その衝撃はカウンターパンチを食らったときのように倍増した。
当時、世界的大哲学者と高名を馳せていた教授の研究室に入って、大学に残ることを決めた鹿ヶ谷哲夫は、同級生と同じ釜の飯を食えると喜んだ。
ところが、彼の態度が以前と打って変わって急変したのである。
本人に事情を訊いても一向に埒があかない。
本音を明かさないのだ。
年齢を重ねた人間なら、その辺で、事情を察知するのだが、世間の世知辛さを知らない鹿ヶ谷哲夫は、研究室の教授に相談をした。
「鹿ヶ谷君、君も将来のことを考えているなら、彼のように、僕のところに相談しに来なければいけないよ!」
「彼は毎日来ているよ!」
鹿ヶ谷哲夫は脳天をハンマーで一撃食らったような衝撃を受けた。
『世界的高名な学者の言う言葉ではない!』
教授は自慢たらしく話を続けた。
「彼はこうも言ってたよ!」
「鹿ヶ谷は先生のところへ来ているでしょうか?」
「僕が首を横に振ると、彼は『したり!』という表情をして顔を綻ばしていたよ!」
そこで、鹿ヶ谷哲夫は切れた。
「僕がお伺いするのは、今日が最初で最後になります!」
「失礼しました!」
教授の反応を窺わずに鹿ヶ谷哲夫は研究室を出て、ついで、大学とも別離したのである。