(その十五)野生の証明

自然社会、つまり、野性には病気がない。
人間社会だけに病気が実在する逆証明だ。
その結果、人間社会では、病気が実在で、病気の不在概念として、健康という言葉が生み出され、いつの間にか、健康という概念だけが独りで走ってしまった。
爾来、意識の眠った人間はみんな、健康を追い求める人生を送る羽目に陥ってしまい、人間の悲劇がここから始まった。
これも一重に、人間だけが野性を失ったからである。
ところが、自然社会といえども、地球の生命体の世界に他ならず、地球の生命体とは、有機生命体に他ならず、有機生命体は、熱力学第二の法則から逸脱することは絶対に許されない。
熱力学第二の法則とは、エネルギーは常に秩序ある状態から無秩序の状態へと流れるというものだ。
宇宙には、三本の時間の矢というものがあって、エネルギーは常に秩序ある状態から無秩序の状態へと流れる方向を、熱力学的時間の矢と呼び、無秩序の状態のエネルギーをエントロピーと呼ぶ。
加齢するに連れて老いるのも、熱力学第二の法則、すなわち、エントロピーの法則に沿っているからに他ならない。
新しいものも必ず古くなるのも、熱力学第二の法則、すなわち、エントロピーの法則に沿っているからに他ならない。
地球上の生きもの、つまり、有機生命体が生きるためには、エネルギーを摂取しなければならない。
エネルギーを摂取する行為を“食べる”と云う。
熱力学的時間の矢の方向が逆になれば、人間は生きることに汲々としなくても済み、四苦八苦はまったくなくなる。
食物のエネルギー形態は秩序ある状態であるのに対して、食物を食べて体内で熱(カロリー)になったエネルギーは無秩序の状態、つまり、エントロピーになっている。
つまり、生きるということは、エントロピーが増大することに他ならないのだ。
一方、地球上の生きものは、一日24時間、一年365日という、地球独自の時間に支配されており、その時間とは、過去から現在を経由して未来へと一方通行に流れる。
心理学的時間の矢と云われ、熱力学的時間の矢と同律している。
まさに、我々人間が過去のことは憶えているが、未来のことは憶えていない理由が、この二本の時間の矢が同律しているからだ。
野性を持った地球上の生きものを野生と云う。
野生とは、人間社会では病気と同じことである。
まさに、自然社会でも人間社会でも、病気(野生)の不在概念が健康である根拠がここにある。