(その十五)進化の鍵

京都は、1200年の都であったのに、革新的な町でもある。
代々の知事は革新派で占められ、京都大学は学生運動のメッカでもあった。
保守的な大企業は、傾左する京都大学生の採用を躊躇することが多く、畢竟、卒業生は、財界人よりも、識者になる方が多く、延いては、左寄りの政治家になる。
革新的とは、権力に対する謀反のように捉えられる。
まさに、革新的(innovative)が反抗的(rebellious)に履き違えられる。
人類がここまで進化してこられたのは、革新的(innovative)な人間のお陰であり、反抗的(rebellious)な人間のお陰なのである。
そのことを、人類はわかっていない。
ノーベル賞を受賞することが、決して無条件に素晴らしいことではないが、湯川秀樹を筆頭に、多くの日本のノーベル賞受賞者が、日本一優秀な東京大学から輩出するのではなく、京都大学からである点が、反抗的(rebellious)が革新的(innovative)に繋がっていることを、如実に示している。
まさに、進化の推進者は反抗的(rebellious)なのである。
イエス・キリスト然り。
マンスール・アル・ファラジ然り。
ウィリアム・ウォレス然り。
源為朝然り。
だが、一般大衆はみんな彼らを見殺しにしてきた。
京の都と東の京と何れの大衆が、進化の推進者に他ならない反抗的(rebellious)な人間を見殺しにしてきたのだろうか?
人類の進化の鍵はここにある。