(その十五)心の機微

藤堂頼賢は一度決めたら死んでもやり遂げる。
誰よりもそのことをよく知っていた恵美子にとって、腹を括ることにさほど造作は要らなかった。
「あんたはんに命をあげることは、かまいしまへん!」
「そやけど・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
恵美子は言葉を詰まらせた。
他人の心など慮る資質などまるで持ち併せていない藤堂頼賢が、大学で哲学を学ぶようになったのは、十七才の時に、細妙な機微の中に真理が潜んでいることに気づく機会に遭遇したからだった。
自分の出自の異様さを、十五才の時に知った彼は、自暴自棄になり、暴力事件を頻繁に起こし、警察の世話になることもあった。
未青年の彼を収監することもできない警察は、保護監察者として、鹿ヶ谷哲夫に依頼した。
事情を聞いた鹿ヶ谷哲夫は、娘の澄江が情実事に巻き込まれていた時期でもあり、若い者の機微を配慮すべき心境にあったことから、警察の依頼を引き受けたのである。
「年齢を重ねれば重ねるほど、人の機微は鈍感になる」
鹿ヶ谷哲夫の言葉に、十五才だった藤堂頼賢だが、深く感じるものがあったようだ。
「それでは、若い者ほど、敏感なのですか?」
自分が鈍感であることなど露とも思っていなかっただけに、藤堂頼賢は衝撃を受けた。
「逆説的に言えば、若いほど、人の機微は敏感になるとも言えるだろう」
「ただし、条件がある」
鹿ヶ谷哲夫の言った「条件」が、その後の藤堂頼賢に大きく影響を与え、延いては、恵美子の人生に大きな陰を投げたのである。