(その十四)厄介な家族

家族のない社会の方が生き残れる。
「食う食われる」弱肉強食の世界では、当然の掟である。
進化するとは弱者が強者になることを言う。
従って、進化すればするほど錯覚も高じていく。
何故なら、弱さが実在で強さは弱さの不在概念であるから進化する。
すなわち、強くなれば強くなるほど、実在性は薄れていき、概念意識、つまり、エゴという自我意識だけが強化されていく。
この現象は取りも直さず、無いものねだりの錯覚に他ならない。
弱肉強食の世界が進化することは、共同生活する種類よりも単独生活する種類が生き残っていく。
だから、家族のない社会になっていくのは当然の結果だ。
強い生きものほど錯覚が酷くなっていく結果、弱い生きものが強くなっていく。
要するに、強い、弱い、強い、弱いの繰り返しが起こる中で、強いも弱いも超えた世界が見えてくる。
国家がエゴの集まりのように、会社がエゴの集まりのように、家族とは、エゴの集まりに過ぎない。
親や兄弟姉妹や子供も、みんなエゴの塊である。
身内もしょせんそんなものである。
家族もしょせん厄介な存在だけである。