(その十四)不条理な死

自分の死期を自ら決めるということは、自分で死ぬことに必ず繋がらなければならない。
自分の死期を自ら決めることができないということは、他者によって死ぬことに繋がり、他者が人間の場合なら、まさに、他殺という殺人事件になるが、他者が交通事故の場合なら、事故死となり、事故の状況によっては、自分で死ぬことにもなり、他殺に準じる場合もある。
更に、他者が、病気の場合なら、病死となるが、病死を他殺の一つと考えず、自分で死ぬことと勘違いしているのが人間である。
死を知った唯一の生きものである人間にとって、自殺以外の死に方はすべて他殺なのだ。
死を知らない他の生きものにとっては、死は常に他殺なのであり、殺すと思わず、食うと思い、殺されるとは思わずに、食われると思う。
たとえ、殺人でなくても、事故死でも、病死でも、自殺以外の死に方はすべて、他者によって死ぬことだから、結局は、他殺なのである。
では、死を知った唯一の生きものである人類が、自分の一生の結論である死を、自ら決めるのか、それとも、他者が決めるのか。
自殺を否定してきた人類は、自分の一生の結論である死を、他者が決める他殺の方に選んできたのである。
これほど不条理な死はない。