(その十四)永遠の死

藤堂頼賢は、自分の死期を自ら決めようとした。
自身の死は、自身独りで決めることだが、心中となるとそうは行かない。
彼は嘗て近松門左衛門の曽根崎心中の話を澄江から聞いたことがある。
「この世の名殘り、夜も名殘り
死にに行く身をたとふればあだしが原の道の霜
一足ずつに消えて行く夢の夢こそ哀れなれ
あれ數ふれば暁の、七つの時が六つ鳴りて、
殘る一つが今生の、鐘の響きの聞き納め
寂滅為楽と響くなり
鐘ばかりかは、草も木も
空も名残と見上ぐれば、雲心なき水の音、
北斗は冴えて影映る星の妹背の天の川、
梅田の橋を鵲の橋と契りていつまでも、
われとそなたは女夫星、必ず添うと縋り寄り、
二人が中に降る涙、川の水嵩も増さるべし」
『そうだったんだ!
心中こそが、死の理解の究極の姿だったんだ!』
死ぬことを厄事と捉えるようになった人間が、況してや、自殺となると、子々孫々まで祟ると代々叩き込まれてきただけに、他人を巻き込んでの心中は、輪廻転生の永遠性の中で、地獄から這い上がることが不可能と思い込んできた。
心中騒動は周りがざわめくだけで、当人たちは極めて安らかに眠っている表情なのが、死に対する理解を人間がまるでしていないことを示唆している。
自分独り病気で死んで逝った人間の表情は、打って変わって、地獄を観た厳しい表情をしているものだ。
自殺した人間の死に顔の方が、病死した人間の死に顔よりも遥に穏やかだ。
刹那の生よりも、永遠の死を、彼は選んだのである。
しかも、恵美子と一緒の永遠の死を。