(その十四)人生の秘密を解く鍵

恵美子が自分の病を通じて知った中に、他人という鏡を介してしか自分を見ることができず、鏡を映す正確度が人によって大きく違うことに気づいたことだ。
恵美子の場合は、藤堂頼賢という正確無比な鏡であったことが彼女には幸いした。
凡人という他人の鏡のほとんどは歪みきっている。
それぞれの自分を知ることができない所以がこの歪んだ他人の鏡にある。
況や、健常者ならいざ知らず、心身のどちらかに異常を来たしている者にとって、歪んだ他人という鏡は危険極まりない。
病というものは、本来、医者など要する現象ではない。
病は自分で治すものだ。
自身が持っている自然治癒力で治すものなのだが、医者という他人が病の治療に関わっていても、医者は病の原因が判らない限り、何もできない。
そのためには、自分自身を正確に知ることが不可欠である。
自分自身を正確に知ることが、いわゆる診断になるのだ。
いい医者に掛かるか、わるい医者に掛かるかで大きな違いが出てくる以上に、自分自身を如何に正確に知るかが決定的な要因になる。
その為には、自分を正確に映し出してくれる他人という鏡が重要な意味を持つことになるわけだ。
自分の周りに、自分を正確に映し出してくれる鏡を持っている他人がいるか。
それぞれの人生において最大の鍵だ。
だが、自分を正確に映し出してくれる鏡は、自我意識(エゴ)というニセモノの自分にとっては、これほど不愉快なものはない。
ニセモノの自分にとって不愉快な鏡はホンモノの自分を正確に映し出してくれ、ニセモノの自分にとって心地よい鏡はホンモノの自分を歪んで映す鏡であることを知ることが肝腎である。
自分が音痴であることを先ず自覚することだ。
そうでないと、音痴という病気を治す作業すら入れない。
まさに、人生の秘密を解く鍵がここにある。