(その十四)生命の重さ

「春若!」
「お前の命を、俺にくれ!」
恵美子は、いつかこの言葉を云われる予感がしていただけに、驚きでもあり、想定内の喜びに似たものでもあった。
藤堂頼賢の子を孕んだときに、真っ先に悩んだのも、彼から、この言葉をいつ云われるかわからなかったからである。
そうでなければ、花柳界の女であっても、何の迷いもなく、新しい生命を世に送り出していただろう。
父親に認知してもらわれない子供をひとりで育てる女が、水商売を職業とする女に意外と多いことが、今の恵美子には痛いほど理解できた。
『あの男(ひと)の子を産みたい!』
純粋にそう思うからであり、その想いが実現したときの喜びは、普通の夫婦の間で、新しい生命を世に送り出す喜びの比ではない。
望まれて生まれる子供よりも、望まれないで生まれる子供の方が、産む女にとっては、愛しさが百倍にもなるらしい。
『ひょっとしたら、うちのお母はんも、そんな気持ちやったかもしれへん・・・』
そんな状況下で、恵美子は藤堂頼賢に連れられて、鹿ヶ谷哲夫の屋敷で澄江に会ったのである。
「あなたは身内の死に遭ったことがあるかね?」
「はい、あります」
恵美子は鹿ヶ谷哲夫の問いかけに答えた。
「その時、哀しかったかね?哀しかった自分は、ニセモノの自分だよ」
祖母の死に涙が止まらなかった自分がニセモノだと言う。
恵美子は一瞬、鹿ヶ谷哲夫に敵意を持った。
敵意をごまかし自分を抑え込むために想いを過去に馳せさせた。
恵美子が舞妓の修行期間である「仕込み」になった十六才の時に祖母が亡くなった。
父、正三の母親ハナである。
母親の倫子の自分への躾があまりにも厳しかった所為か、恵美子は母親が居ながらも「お婆ちゃん子」になっていた。
祖母のハナは花柳界出の倫子を差別扱いすることなく本当の娘と同じように接した。
倫子も、花柳界出でも自分は太夫まで張った身という誇りがハナを粗末にはしなかったが、一定の距離を常に保ち、胸襟を開くことは生前にはなかった。
ハナがパーキンソン病との長い闘病の挙げ句に80才で息を引き取った時、倫子ははじめてハナの前で涙を流した。
「お婆ちゃん子」だった恵美子は、はじめて見た母親の涙に感動し、祖母に対する感謝と尊敬の念が頂点に達し、感動と哀しみが交錯した涙が溢れたのである。
十六歳というまだ純粋な心が残っている中での感動と哀しみがニセモノだと、鹿ヶ谷哲夫は断言する。
恵美子は受容することは到底できなかった。
「あなたは、今いくつかね?」
心の底を見透かした上で、更に彼女の心を掻き回すような訳のわからない質問をしてくる。
「二十一歳です」
「それでは、五年経った今でも祖母の死を哀しんでいるかね?」
「もち・・・・」と言いかけて、恵美子は黙ってしまった。
『五年前のあの哀しみをずっと持ち続けて生きてきたわけやあらへんわ・・・』
と悟ったからである。
「わたしは自分の母を尊敬していたが、その母が亡くなったのに哀しみが襲ってこないニセモノの自分を見た。だから、母が死んでから二十年経った今でもホンモノの自分が母を尊敬できるのだ」
鹿ヶ谷哲夫の言葉に衝撃を受けた恵美子は、自己の了見の狭さに腹が立った。
『うちは、身勝手なええとこ取りの生き方をしてただけやわ・・・身内の死でもええとこ取りしてたわ・・・』