(その十三)命がけの思いやり

母親の倫子に賭けたギャンブルが無残な結果に終わった恵美子だったが、善いことばかりが続かないのが世なら、悪いことばかりが続かないのも世の常である。
花若という雲の上の存在だった母親に逆らうことなど、いままで一度たりとも考えたことがなかった春若だったが、花若と春若である前に、母親の倫子と娘の恵美子であることに気づかせてくれたのが藤堂頼賢だった。
藤堂頼賢が今風の若者なら、母親に味方しただろう。
小学生低学年でも人生に冷めた考え方を持つ現代日本社会である。
彼らは既にお金に価値を見出すほど、冷めてしまっているのだ。
モノとカネで動く人間社会だけにある経済の概念は、精々成年になった頃から芽生えてくるものなのに、性的にまったく成熟していない小学生低学年の子供が、既に経済の概念を持つに至っただけではなく、モノよりもカネの方に価値を見出している状況は、成長時期、成熟時期を超えて老成した衰退時期に達しているのだ。
そんな青年が圧倒的に多い現代日本社会で、藤堂頼賢のような男性は、極めて稀な存在だった。
「今度、無理やり吐くようなことをしたら、俺の命はなくなると思うことやな・・・」
恵美子は、藤堂頼賢の言っている意味が最初理解できなかった。
口数の少ない彼だけに、それ以上の話はない。
恵美子は自分で考えなければならなかった。
そして、ある日、藤堂頼賢に異変が起こった。
そして、恵美子は彼の言った意味を思い知らされるのだった。
それは、まさに自分の命を張った恵美子への思いやりだった。