(その十三)一度目の転機

熱く燃えたぎった焼印は、牛や馬の一生を決定するだけではない。
人間の一生をも、社会から押された烙印によって、決定されてしまう。
烙印を押す社会の代表者が両親であり、学校の先生であり、家に土足で踏みこんだ坊主である。
親から、先生から、坊主から、「お前の一生は、この焼印によって決定されたんだ!わがままは許されないんだよ!」
母親の倫子から決定的な烙印を押されたような絶望感を抱いた恵美子は、その時以来、潜在意識下で倫子を憎むようになった。
成人式会場の三十三間堂での通し矢競技で藤堂頼賢に出会ったことは、砂漠の中での一点のオアシスに恵美子は思え、夢の世界に没入していった。
人の一生の中で、21才から28才までの人生が最も楽しいはずの時期が、恵美子にとっては最も厳しい時期になりかけていた矢先だった。
それまで母親の倫子に逆らうことなど一切しなかった恵美子だった。
芸妓春若にとっては、花若は雲の上の存在であり続けたが、倫子という母親の娘、恵美子は人生最大の敵であり続けた。
母親と娘の関係は、父親と息子の関係とは月とスッポンの差以上のものがある。
父親と息子はライバルになり得ても、敵対同士になることは滅多にない。
戦国時代に珍しく敵対同士になる父子があったが、実に稀なケースだ。
武田信玄や織田信長が稀な例だが、特異な事情が稀な例を生んだだけである。
だが、母親と娘の確執の例は古今東西、枚挙に暇がない。
そんな折、織田信長のような性格の藤堂頼賢に出会ったのは、恵美子にとって幸運だったが、すべての事象が功罪両立する摂理から、不運な面も一挙に吹き出たのである。
幸運と不運の混在する中で、恵美子は人生の真の転機を迎えていた。