(その十三)裏の歴史

福沢綾子からの手紙の続きはこうだった。

以来、草薙の剣は熱田神宮で保管されるようになったというのが定説になっています。
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紀元111年、扶余一族の血を引いた布都(フツ)は息子の布都斯(フツシ)を伴って倭人の住む出雲に向かって帆を上げていた。
扶余一族の放浪生活に嫌気がさしたフツは、妻のヒルメが扶余一族の王である李生成に姦し殺されたのがきっかけで高句麗の都ピョンヤンから息子フツシを連れて脱出したのだ。
李生成は倭人の住む出雲を支配下に置いていた。その総督として彼の28人の子供の中、8人の兄弟を出雲に派遣して、統治させていた。
李生成は、残忍で精力が絶倫であるため、常に慰めの女を侍らせていた。身内や家来の妻でも、見境なく手をつける。
その血を引いた、8人の兄弟も出雲で同じことをやっていた。
フツが敢えて李生成の息子のいる出雲に向かった理由のひとつは、殺された妻の復讐を果たさんがためであった。
出雲では李生成の8人兄弟のことをヤマタのオロチと呼んでいた。
八つの頭と八つの尻尾を持つ蛇のことをヤマタのオロチと言うからだ。
彼らは、出雲の民から綺麗な娘を差し出させては慰めの相手をさせていた。
毎夜、ヤマタのオロチの餌食になる娘の悲鳴が響き渡る地獄の世界が出雲であった。
酒と女に溺れるヤマタのオロチは、その名の通り、悪魔の蛇で、出雲の民は蛇に睨まれた蛙そのものであった。
フツ・フツシ親子は、その出雲に乗りこんだ。ヤマタのオロチの親である李生成に復讐するために。
宍道湖に入ったフツ親子を、出雲の民の長である奇(クシ)が出迎えた。
「しばらくの間は、我が館に潜んで下され」とクシがフツ親子に言うと、
「ヤマタのオロチは相変わらずの悪行を続けておるのか?」とフツシが訊ねた。
「ますます、ひどくなってきております」とクシが答えた。
「親父どの、如何なされますか?」と訊くフツシに、フツは腰に下げた剣を与えて言った。
「フツシよ。この地をお前の王国にして、民の平和を守ってやるがよい。その為に、この十束(とぐさ)の剣を与える」
クシはその親子の姿を見て、
『このフツシ様を出雲の王として仕えて行こう!』と心に決めた。
フツ・フツシが扶余一族から倭の出雲一族になったのだ。
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