(その十二)呪われた二十世紀

アメリカの物理学者A.AマイケルソンとE.Wモーリーの二人の実験(マイケルソン・モーリーの実験)によって、光の速さはそれを見る人の速度に左右されないことが証明された。
1887年のことである。
アルバート・アインシュタインの想像によって、光速度が一定であることが発表された。
1905年のことである。
その間に18年の歳月が経っていた。
マイケルソン・モーリーの実験に疑問が呈せられていたからである。
その疑問とは、時速100キロで併走する2台の電車では、窓から手を出して握手することができるのに、時速100キロで交錯する2台の電車では、窓から手を出して握手しようとすれば腕がちぎれるのだから、光速度で併走する2台の電車では、窓から手を出して握手することができ、光速度で交錯する2台の電車では、窓から手を出して握手しようとすれば腕がちぎれるはずではないかという疑問である。
つまり、手という物質なら間違いなく同じ現象が起こるはずなのに、見るという物質ではないものなら同じ現象は起こらないことになる。
言い換えれば、光が粒子という物質ならば、手や電車と同じ物質だから、同じ現象が起こるはずであり、光が波動という見るという物質ではないものなら同じ現象は起こらないはずである。
後年、ウェルナー・ハイゼンベルグの不確定性原理が主張した、光の粒子はガラス窓を貫通するのに、光の波は布のカーテン窓を貫通できないゆえ、光とは粒子と波両方の性質を有するとした話が事実に基づく真理ということになるからだ。
この問題を解決しない限り、二十世紀が祝福された世紀であったのか、呪われた世紀であったのかの答えは見出せない。