(その十二)一科学者の存在

1905年は世界の運命の年でもあった。
1905年に特殊相対性理論(実際には「光速度一定の原理」であり、アインシュタイン本人は「不変性理論」と呼んでいた)が世に発表され、1915年に一般相対性理論が発表される中で、ロシア革命と第一次世界大戦が発生したのである。
そして、日本を訪問中の1922年に、1921年度ノーベル物理学賞の発表があり、離日に際して、京都大学で有名なメッセージを残していくことになる。
“世界の未来は進むだけ進み
其の間、幾度か争いは繰り返されて
最後の戦いに疲れる時がくる。
其の時、人類はまことの平和を求めて、
世界的な盟主を崇めねばならない。
この世界の盟主たるものは
武力や金力ではなく
あらゆる国の歴史を抜き越えた
最も古く、また、
最も尊い家柄でなくてはならない
世界の文化はアジアに始まって、
アジアに帰る。
それはアジアの高峰、
日本に立ち戻らねばならない。
われわれは神に感謝する。
われわれに
日本という
尊い国をつくっておいてくれたことを・・・”
1922年とは大正11年のことであり、第一次世界大戦に敗北したドイツでは、超インフレの嵐が襲い、アドルフ・ヒットラー率いるナチス・ドイツが台頭してきた頃である。
アドルフ・ヒットラー率いるナチス・ドイツの台頭に呼応するように、世界の経済は膨張の一途を辿り、やがて、1929年世界大恐慌へと繋がっていくのである。
まさに、アインシュタインという一個人の周囲から世界はきな臭くなっていくのだ。