(その十二)小さな幸福と大きな不幸

「あれから20年近い歳月が過ぎましたけどな、うちは今でも博はんのこと好きやし、博はんもうちのこと好いてくれてはる・・・」
「その男はんのご家族は?」
恵美子の質問に澄江は平然と答えた。
「そのままどすえ・・・」
恵美子は父親としての鹿ヶ谷哲夫の反応に見入ったが、彼はまるで無表情のままだ。
無表情を装っていると思ったが、どうやらそうでもない。
「父親として、どう思われますか?」
鹿ヶ谷哲夫は自然な表情で笑いながら、恵美子の問いかけに答えた。
「父娘であろうと、それぞれの人生だ。
自分の人生は自分で責任を取るしかないのだから、自分の自由にするのが当たり前だ。
澄江が幸福な人生を送ろうが、不幸な人生を送ろうが、それは澄江自身の人生だし、不幸ばかりの人生などないし、況してや、幸福ばかりの人生などあろうはずがないのは、既にあなたに話した通りだ」
そして、鹿ヶ谷哲夫は決定的な言葉をその後に言った。
「大きな幸福を望むなら、大きな不幸を覚悟しなければならない。
小さな不幸で済ましたいなら、小さな幸福で満足しなければならない。
大きな幸福と小さな不幸を望むなど凡そ不可能であることを、人間は知らなければならない」
恵美子は、藤堂頼賢の詩(うた)の意味を理解できたような気持ちになり、「澄江はん、おおきに・・・・」と礼を言いながら、澄江が本当の姉のように思えた。