(その十二)鹿ヶ谷家の秘密

澄江には恋人がいた。
彼女が、五条烏丸に本社がある呉服問屋松村に勤めていた時に、親子二代の愛人という時期があった。
「うちも、好きな男はんの子を宿したけど、結局、下ろしたんは、恵美子はんと同じ理由どした・・・」
「博はんて云いはったどすな?好きな男はんのこと・・・」
「うちのはじめての男というのが・・・それは云わぬが花おすな・・・」
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季節が大きな背中をあと押しする
男は勇気を奮って愛を告げる
春のそよ風が染まった頬を撫で
女は心の窓を自ら晒し
恍惚の谷間に身を投げる
暗闇の谷間に一閃の光
男の谷間に一条の光
やがて、夏の季節がやってくる

季節が豊かな胸を轢きちぎる
女は身を投げ打ち愛を受ける
夏の夕立がちぎれた胸を押し流し
男は心の窓を自ら晒し
希望の空に身を放つ
輝く空に一閃の光
女の空に一条の光
やがて、秋の季節がやってくる

季節が満ちた心を折り曲げる
二人は命を賭けて愛し合う
秋の時雨が溶け合った二人を見守り
二人は互いの心を曝け出し
充足の海に身を捨てる
輝く海に二本の光
二人の海に二条の光
やがて、冬の季節がやってくる

季節が薄らぐ影にとどめを刺す
人は身を捨て真の愛を知る
冬の木枯らしが真の人を解き放ち
人は自我の心を暴け出し
覚醒の世界に身を任せる
静かな世界に無数の闇
人の世界に無限の闇
やがて、春の季節が還ってくる

恵美子は必死に藤堂頼賢の想いを量った。
藤堂頼賢の詠った詩(うた)は、多くの示唆に富んだものだった。
彼と同じ年代の青年には到底理解できないものに違いないが、女性なら理解できる可能性はある。
況してや、恵美子なら。。。
藤堂頼賢はそこに賭けた。
鹿ヶ谷哲夫に引き合わせたのも、恵美子にそれだけの資質があるからだと信じたからである。
藤堂頼賢の詩(うた)を鹿ヶ谷哲夫は黙って聞き入っていた。
澄江も黙って聞いていたが、同じ女の性なのか、それとも妹のような気持ちにさせた恵美子に人としての情に絆されたのか、本心は澄江自身の胸の内だが、彼女は自身の半生の追憶を披露してみせた。
それは、父親の鹿ヶ谷哲夫にとってもはじめて聞く話だった。
「うちもまだ恵美子はんと同じ年頃の時に、好きになった男はんがいましたんや。
大学を卒業したうちは、京都の烏丸五条の近くにある大きな呉服問屋に勤めることになったんどす。
父は家で自分の世話をするよう、うちに期待してはったことは知ってたんやけど、父から離れたかったんどすな・・・。
呉服問屋の松村社長さんの秘書として働きはじめたうちは、その息子はんで、将来社長を約束されていた長男の博はんを好きになってしもうたんどすけど、博はんには奥さんと二人のお子さんがいはったんやわ。
あってはならへん関係なことはわかってても、どうにもならへんのが男はんと女の間どすな。
うちは博はんのお子をお腹に宿したことがあったけど・・・・。
そら、好きな男はんの子を産みたい女心はあったけど・・・・。
その会社は博はんが継いだ後、お父はんが亡くなり、弟はんと骨肉の争いをしやはって、結局、倒産してもうて、みんな夜逃げしてしまわはった・・・」
「それっきりどすか?」
恵美子は聞かずにいられなかった。