(その十二)現代物理学の最高峰

絶対者(神=C=Constant=一定)である「光」の下に「時間」を置き、更にその下に「空間」、つまり、人間を置いた。
絶対者(光)と人間の間に「時間」を置いた。
「時空の世界」の誕生である。
時間を人間が制御することはできない。
いわんや、「時間」の上に君臨する「光」はまさしく人知を超えた存在であるというわけである。
この「時間」こそ、人間だけが常に想いを馳せている『過去・現在・未来』という時間に他ならない。
他の生き物には一切無い「時間の概念」である。
他の生き物には「時間の観念」はあるが、『過去・現在・未来』という「時間の概念」はない。
なぜ他の生き物には『過去・現在・未来』という「時間」の概念が無いのか?
人間は「死の概念」を持っているが、他の生き物は「死の観念」を持っていても、「死の概念」は持っていない。
「死の概念」とは、“自分もいつか必ず死ぬ”という考え方である。
つまり、『過去・現在・未来』という「時間の概念」=“自分もいつか必ず死ぬ”という「死の概念」に外ならない。
更に、記憶とは「時間」ではなくて「空間(光景)」であるように、「時間」と思い込んできた『過去・現在・未来』は実は「空間(光景)」だった。
だから、『過去・現在・未来』という「時間」を実時間と称した。
我々人間、特に、支配者側に立とうとする人間は、ニセモノには必ず「実・・・」と称したがる性癖がある。
ミイラ取りがミイラになる典型だ。
ニセモノを「実・・・」と名づけたら、ホンモノには「虚・・・」と必ず名づける。
極みの阿呆さ加減だ。
頭は隠しても、汚いお尻は丸見えだ。
現代物理学者は「虚時間」というわけのわからない概念を編み出した。
ところがこの「虚時間」が実は「実時間」だったのである。
『今、ここ』の『今』という本当の「時間」だった。
この実時間と虚時間のどんでん返しが、実は、我々人間の錯覚(勘違い)の原点にあった。
一流の現代物理学者は実に手の込んだ落とし穴を考え出したもので、お陰で二流、三流、四流の現代物理学者は理解もできずに信じ込んでしまった。
ましてや、物理のイロハも知らない一般の人間は、信じ込まざるを得ない。
こうして晴れて、現代物理学の最高峰が誕生したわけである。