(その十二)非人間的な人間社会

絶対者(神=C=Constant=一定)である「光」の下に「時間」を置き、更にその下に「空間」、つまり、人間を置き、更にその下に他の生き物を置いて「畜生」とする。
インドの「カースト制度」や徳川家康がつくった「士農工商制度」を髣髴させる。
3000年前にインド亜大陸にペルシャ・アフガニスタンから侵略してきたアーリア人がつくった宗教がバラモン教であり、その後のインドが宗教の元祖の国となってジャイナ教、ヒンズー教、仏教を生んでいった基になっている宗教なのだが、そのバイブルが「ヴェーダ」と呼ばれるもので、「ヴェーダ」の根本教義が「ウパニシャッド」で、「光」を神だとしている。
「ヴェーダ」の中で、「カースト制度」と「輪廻転生説」が生み出されたが、その目的は決して崇高なものではなく、インド亜大陸の先住民であるドラビダ人を支配する方便にあったことを忘れてはいけない。
「ブラーミン(僧侶・司祭)・クシャトリア(王族・武士)・ヴァイシャ(庶民)・シュードラ(農奴)」という四つの階級をつくり、支配民族アーリア人を四つの階級に区分けして、先住民であるドラビダ人を更にその下に「アチュード」と呼ばれる不可触民として置いた制度で、その真の目的は、支配階級であるブラーミン(僧侶・司祭)・クシャトリア(王族・武士)が、被支配階級であるヴァイシャ(庶民)・シュードラ(農奴)を抑え込み、彼らの反感を更にその下の「アチュード」と呼ばれる不可触民に向けさせる為であった。
徳川家康がインドの「カースト制度」を真似てつくった「士農工商制度」でも、支配階級である武士が、被支配階級である農民・職人・商人を抑え込み、彼らの反感を更にその下の「穢多・非人」と呼ばれる賎民に向けさせたのも同じ動機である。
宗教の正体がここにある。
絶対者(神=C=Constant=一定)である「光」の下に「時間」を置き、更にその下に「空間」、つまり、人間を置き、更にその下に他の生き物を置いて「畜生」とする。
支配階級の者にとって、被支配階級と更に下に人間でありながら人間に非ずの存在を置くことが、支配方法であったのだ。
だから彼らは、同じ人間である奴隷を畜生若しくは畜生以下の存在として平気で扱えたわけだ。
キリスト教・イスラム教の元祖であるユダヤ教では、ユダヤ人以外の者を非ユダヤとして「ゴイム」と呼んでいる。
「ゴイム」とは畜生のことである。
人間社会とは、結局の処、支配する者と支配される者に区分けし、その体制をより強固なものにするために、賎民(畜生)を置くといった卑劣極まる社会に外ならない。
アメリカにおける黒人やインディアンに対する差別。
南アメリカにおけるインディオに対する差別。
オーストラリアにおけるアボリジニに対する差別。
南アフリカにおけるアパルトヘイト制度という差別。
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白人による有色人種に対する差別。
人間社会だけにある差別・不条理・戦争の根本原因は、支配・被支配二層構造と世襲・相続の差別制度にある。
その卑劣な制度に加担しているのが、光を絶対的なものと捉え、それ以外のものはすべて相対的と捉えた相対性理論であり、「光」を絶対者(神)に仕立てあげた宗教である。