(その十二)世紀を超えたトリック

マイケルソン・モーリーの実験には途轍もない錯覚があった。
実験の道具は光源とハーフミラーと反射鏡と光検出器だったが、実験の核になるのは、云うまでもなく、光源だ。
光源が発せられた光をハーフミラーによって二つの光に分けて(分光して)、垂直方向と水平方向に置いた反射鏡で反射させた二つの光の明暗を光検出器で計ったが、明暗の差はなかったと云うわけだ。
明暗の差がないということは、二つの光の到着時間の時差がないと云うことであり、距離の違いによる往復時間の時差があるはずなのに、時差がなかったと云うわけである。
従って、光の速さはそれを見る人の速度に左右されないと云うわけだ。
だが、問題は光源にある。
光は実在ではなく、映像であるということを見逃していた。
光という映像は、暗闇という実在の不在概念であるということを見逃していた。
光速度が絶対速度ではなく、暗闇速度が絶対だったのである。
更に、一定と絶対を同義とする過ちを冒していたのである。
絶対速度は、無限速度を必要十分条件とするが、一定速度は必要条件に過ぎない。
なぜなら、一定速度は有限速度にもあるからだ。
光速度が秒速30万キロという有限速度であるということは、光速度が一定速度であっても無限速度でないのであった、延いては絶対速度ではない証明である。
このトリックは、暗闇という実在の無限速度の不在概念である光という映像にある。
まさに、世紀を超えたトリックだったのである。