(その十一)威光が消えてゆく

明治元年(1868年)から明治10年(1877年)までが、まさに、明治維新の色濃い10年であったとするなら、明治20年(1887年)からは、新しい日本の色が濃く現れた時代であった。
そして、
明治10年(1877年)と明治20年(1887年)以降に挟まれた10年こそ、正真正銘の日本の「失われた10年」であった。
そして、明治21年以降、日本は大きく変わっていくことになるのである。
1888年(明治21年)。
東京で明治宮殿が完成。「宮城」と称する。
1889年(明治22年)。
皇室典範で「即位の礼」と「大嘗祭」は京都で行うと規定。
1891年(明治24年)。
京都御所を京都皇宮と改称。
1909年(明治42年)。
登極令(昭和22年廃止)で大嘗祭の斎田は京都以東・以南を悠紀、以西・以北を主基の地方とされる。
1915年(大正4年)。
大正天皇の即位の礼、大嘗祭が京都で行われる。
1928年(昭和3年)。
昭和天皇の即位の礼、大嘗祭が京都で行われる。
1947年(昭和22年)。
新皇室典範で単に「即位の礼を行う」とし、大嘗祭と場所は規定されなかった。
1948年(昭和23年)。
東京の「宮城」の名称が廃され皇居と呼ばれる。京都皇宮は京都御所と呼ばれる。
1990年(平成2年)。
即位の礼、大嘗祭が、史上初めて関東の東京で行われる。
まさに、
平成時代になって、京都(きょうのみやこ)の威光が完全に消えていったのである。