(その十)混沌の世界

夢と現実の相身互身の中で、恵美子の前に突然、白人の紳士が現れた。
『これは夢なのか。それとも現実なのか?』
恵美子が独り言を言っているのだ。
彼女の独り言を聞いていた白人の紳士は、自己紹介を始めた。
「わたしはトーマス・グラバーと申します」
「彼らは、わたしの女房と娘です」
「母の名が倫子で、子供の名前が恵美子と言います」
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まるで夢の中で聡の正体を告白しているように思う自分は、一体何者なのだろうか?
聡が白人のトーマス・グラバーその人であるとするなら、倫子と恵美子とは、一体何者なのだろうか?
その瞬間(とき)、恵美子は自分の正体を見た。
夢の中は混沌の世界だけに、建前だけの、いわゆる現実の世界と違って、本音同士の鬩ぎ合いが見られるため、自分の正体を発見するのは容易い。
織田信長と徳川家康は国津神と天津神という立場の違いを表象するモデルだったのである。
そうするなら、織田信長の正体が、やはり、見えてくる。
徳川家康の正体は既に見えたからだ。
そして、その延長線上に明治天皇という斉藤道三が見え隠れしていたのである。
まむしの道三が戦後乱世の国盗り屋なら、明治天皇とは、まさに、近世から近代に変貌する日本の国盗り屋だったのである。
その姿を聡とトーマス・グラバーの中に見れば見るほど、恵美子は藤堂頼賢に惹かれていくのだった。