(その十)眠りの中の夢

母の倫子が、青い瞳の芸妓に抱かれている。
恵美子は、母の倫子の子供の頃のことを、夢の中で観ていたのだ。
夢の中では自分が母親になったつもりで、子供の倫子を抱いているのだが、当の本人が青い瞳の芸妓なのである。
しかも、青い瞳の芸妓名が春若といい、本名がエミー・グラバーというらしい。
「恵美子!大丈夫か!」
目が覚めると、兄の聡が眼前にいた。
「中村でなんか嫌なことでもあったんけ?」
聡は恵美子を八坂神社の朮詣に連れ出し、円山公園を通り抜けて、棒鱈料理で有名な平野屋の前に差しかかった時、恵美子に訊いてみた。
恵美子は悪酔いの所為でなかなか正気に戻れずにいたが、聡の機転のお陰で少しは悪夢の世界から脱することができた。
母親の倫子を抱く青い瞳の春若という名の芸妓と、聡に抱かれている自分とが完全にオーバーラップしているのである。
「ちょっとね・・・」
言葉の裏で何とか忘却しようと必死になっている彼女の心情を推し測るだけの年輪も経験もなかったが、否定的な意味合いの言葉であることを
察するには十分な返事だった。 「女将はんのことけ?・・・ほんなら客のことけ?」
黙って首を縦に振る恵美子を観ながら、聡の表情が一変していく。
八坂神社の横門を潜り抜けて雑踏に呑み込まれるまで、二人は黙っていた。
「・・・・・・・!」
聡が精一杯の大声を発しても恵美子には聞き取れない。
「・・・・・・・?」
恵美子が精一杯の大声で訊ねても聡には聞き取れない。
一瞬の間合いが天の恵みになった。
朮祭のどんど火で点けてもらった火縄の片端を指で持ち、火が消えないようにぐるぐる回しながら二人は家路につく。
八坂神社のどんど火で雑煮をつくる。
1200年の古都の伝統が息づいている。
雑踏の中で交わした会話も、どんど火で燃えてしまったらしい。
回す火縄の二つの円が、現実の世界を幻想の世界に変えてしまう力があるのだ。
二人の関係が普通の兄妹で収まった新しい年のはじまりだった。
まさに、時を超えた二つ円周が重なり合う瞬間だった。