(その十)7の月の17の日

ある一人のスコットランド人が、京の伏見を行幸する明治天皇一行を見物する機会を得た。
彼の名は、トーマス・マックレオド。
見物する民衆と、天皇一行の連中とが、まるで異国人であり、およそ、同じ日本人とは到底思えない。
天皇一行の連中の容貌は、ヨーロッパの一部でよく見られる者とまるで生きうつしであった。
その中に、『維新の群像』の中の三人がいたのである。
『維新の群像』の中の三人とは、外国人の男と少女、そして、その前に座っている少年の面影を持った人物であった。
この出来事が、トーマス・マックレオドによって、ロンドンの大英博物館に収められている『ユダヤ百科辞典』の中に写真を挿入して詳細に紹介されていた。
『ユダヤ百科辞典』の中で、やはり、トーマス・マックレオドによって、京の祇園祭の様相が克明に記され、山鉾に掛けられている織物には、まさに、中東地域の光景が織られ、ラクダの絵までがあった。
トーマス・マックレオドは、その中で感想を述べている。
“毎年行われる山鉾巡行を見物している日本人が、どうして異国情緒に満ちた祭を不思議に思わないのだろうか?そこに何か、この国の謎が隠されているのかもしれない”
しかも、ある時、突然に、祇園祭の日程が、従来の6月7日〜14日から、7月17日〜24日までに変えられたのである。
しかも、7月17日を本宮とした。
7月17日とは、旧約聖書の創世記で、“7の月の17の日”と神によって定められた特別の日であった。