(その十)祇園祭の謎

祇園という言葉は、古代ヘブライ語の「シオン」を語源にしている。
「シオン」とは、神との契約の地「シナイ山」に戻ることを意味する言葉であり、モーゼがエジプトからヘブライ人を解放して「出エジプト」を果たし、40年の放浪の旅の末、辿り着いたシナイ山への帰郷を意味する言葉である。
すなわち、祇園とは帰郷を意味する言葉であり、帰郷は帰京を意味する。
鎖国時代の日本の唯一の国際港、出島がある長崎に拠点を置いたトーマス・グラバーは、長崎と目と鼻の先にある博多にも祇園という町があることを不思議に思っていた。
更には、遠く出羽の国にある、やはり、国際港である酒田にも祇園という町があり、そこには、舞妓も芸妓もいたのである。
『この事実は一体何を意味しているのだろうか?』
トーマス・グラバーに献身的な倫子の出身地である水戸と酒田は、地理的にも近く、出羽と陸奥の違いがあっても、同郷の誼の契りを交わしていた間柄でもあった。
「銀座という地が日本国中にあるのと同じです・・・」
「だけど、京には銀座は絶対に置けません・・・・・」
日本が東西文化の国である証左だ。
トーマス・グラバーの思いついたヒントの鍵は「東西」にあった。
「倫子、京の祇園を支配しているのは、誰かね?」
エミーを舞妓にするために奔走していた倫子だけに、グラバーの質問には容易に答えることができた。
「畑家です」
畑家は、山城の地を支配してきた秦一族の分家の一つで、祇園祭を仕切っている家である。
トーマス・グラバーは、倫子の話を聞いてほくそ笑んだ。