(その一)めぐりあい

「おかあはん、おめでとうさんどす!」
「おめでとうさん!」
輪違屋が抱える芸者たちの挨拶にまとめて応える女将増絵が、どすの利いた声を発した。
「・・・・」
ひとり恵美子だけ下を向いたままで、長い奥廊下を走り抜けて行った。
間口が狭く、奥行きが広い京都の住宅の背骨になって家を支えているのが、奥廊下であり、その先には大抵厠がある。
大晦日の夜の悪酔いが残っていて、いまだに吐き気を催して、急に厠に直行する彼女の身に大きな変化が起こっているのを見逃す増絵ではなかった。
奥廊下の厠と正反対側の端に立って、恵美子が出て来るのを待ち受けている増絵の姿に、彼女は最初気づかなかった。
厠を出た廊下の軒先にある手洗鉢に視線を向けていた所為で、増絵の姿に気づかなかったが、殺気にも似た視線を感じるには、さほど時間は掛からなかった。
手洗鉢にまっすぐ伸ばした両腕の交差点に位置する処にある首をちょうど90度振った途端、奥廊下の端に標的を見つけたのである。
一瞬、今年のはじめに三十三間堂での通し矢のことを思い出したが、その瞬間(とき)、恵美子固有の時間の流れが停止してしまった。
時間は普遍のものだと誰もが思っているが、実は時間は固有のものなのである。
人間が普遍の時間と思い込んでいるものは、実は地球固有の時間であって、親星の太陽にも、兄弟星の火星や金星にも、子供星の月にもそれぞれ固有の時間があって、おたがいの時間はまったく違うのである。
一日は24時間であり一年が365日という時間は地球固有の時間であって、火星では一日は24時間37分であり一年は670日であり、金星では一日は2808時間であり一年は2日だ。
人間にも、それぞれ固有の時間がある。
恵美子の固有の時間が急停止してしまったのだ。
七条東山はT字型道路になっていて、Tの立棒が七条通りで、Tの立棒の先に三十三間廊下で有名な三十三間堂があり、Tの横棒が東山通りで、その中心に天台宗妙法院がある。
三十三間堂は天台宗妙法院の境外仏堂で、平安時代末期の平家が隆盛を極めた時代に後白河上皇が離宮内に創建したもので、正式名称は蓮華王院本堂と呼ばれる。
Tの横棒の更に北に平清盛の嫡男重盛の居宅があったが、現在は病院になっていて、重盛が精魂こめた庭があり、夕方の東山の紅葉の隠れた名所になっている。
東山一帯は、天皇家ゆかりの地であり、平家ゆかりの地でもあった。
平家の邸宅があった六波羅もこの地域にあり、六波羅殿は平清盛の異称である。
一方、東山にゆかりの地が多い平氏の不倶戴天の敵であった源氏ゆかりの地は西の嵐山に多い。
京都五山の第一の名刹、天竜寺を創建した足利尊氏は源氏であり、天皇家の親王が入寺する門跡の第一の名刹、大覚寺は後宇田法皇以後、南朝の皇統が継ぐ寺であり、嵯峨天皇の離宮として創建された。
東に平氏、西に源氏。
それぞれに天皇家がついている。
嘗て、蘇我氏が、そして、昭和まで続いた藤原氏が、天皇家の外戚として実質の日本の国家権力を維持してきたように、平氏と源氏の関係も日本の国家権力を象徴しているのである。
250年に亘る江戸幕府という国家権力を堅持してきた徳川家は、源氏の血など一滴も有していないが、征夷大将軍を名乗るためには、源氏を偽らざるを得なかったのである。
平安末期から始まった三十三間堂の通し矢競技だが、知恩院が徳川家康の菩提所となった時に有名になった。
三十三間堂という名は通し矢をする長い廊下を象徴している。
長さが三十三間ある廊下の一方の端から、他方の端に向かって矢を射るだけの遠的試合で、標的に当てるのではなく、三十三間ある長い廊下の端から端まで射る力があるかどうかを競う力勝負なのである。
恵美子も二十歳の成人式の日に、三十三間堂の通し矢の行事に参加した。
一年足らず前の話である。
毎年1月15日に最も近い日曜日に、袴に振袖を通した弓道をたしなむ新成人が、本堂西側の射程60mの射場で矢を射る「大的全国大会」が行われ、彼女もその大会に出場したのである。
通し矢の「大的全国大会」は60m先の標的を矢で射る試合で、女性でも競技可能だが、遠的試合は120mある三十三間廊下の端から端まで飛ばす力勝負で女性には到底無理だ。
しかし、恵美子は男性と混じっての遠的試合を申し入れた。
120mある三十三間廊下の端から端まで飛ばすことが出来たのは、三十三間堂が創建されて以来、後にも先にも源為朝以外にいない。
源為朝は、保元の乱で平清盛と味方同士になって、父源為義と弟たち源氏一門を敵にまわして勝利した源義朝の八男末っ子の弟である。
鎮西八郎為朝という名で有名だが、『吾妻鏡』で「天下無双の弓矢の達者」の剛の武者と謡われた。
恵美子が申し入れた今年の遠的試合で、800年以上の歴史の中で源為朝以来の遠的を見事達成した若者が出現したのである。
その若者の名は藤堂頼賢。
見事遠的に成功した藤堂頼賢の勇姿を傍観していた恵美子は、身も心も震え感動した。
奥廊下の向こう端に立つ増絵の姿と藤堂頼賢の姿がラップしたのである。