(その一)女の価値

恵美子と聡のやり取りを逐一聞いていた倫子は、概ねの事情を把握した。
舞妓、芸妓、そして彼らの頂点である太夫まで上りつめた女は、人間社会が自然社会と同じように「メス社会」であれば、差し詰め、万能ボスと言ったところだろう。
自然社会ではボスは万能と決まっているが、人間社会ではボスは万能だとは限らない。
何故なら、人間社会のボスはオスだからだ。
自然社会のボスはメスの母親と決まっていて彼女らは万能だ。
子供を産むし、狩りもする。
人間にはとうてい無理な話だ。
人間社会は「オス社会」だからだ。
子供を産むのが生きものの最大の仕事であるのに、オスは子供を産むことができないのだから、オスは万能になり得ない。
太夫は万能のメスの典型であって、しかも、倫子は子供を産んだ。
こんな生きものは、地球上の全生命体の中でも女王蜂だけである。
太夫や花魁が身請け落籍されて子供を産むのはまさに女王蜂そのものである。
倫子のどことなく気品が漂う雰囲気は、女王蜂の吐き出す空気そのものである。
「恵美子はん!だいぶ落ち着きはりましたんか?」
女王蜂の倫子から仕掛けてきた。
恵美子は倫子と同じ女王蜂でも未熟だ。
倫子は完全に成熟している。
人間は逆さまに生きているらしい。
未熟が好くて、成熟が好くないと思っている人間など一人もいないのに、若さが好くて、老いているのが好くないと思っている。
まさに、逆さまだ。
死ぬことを好くないと思っているから、逆さまに生きてしまうのである。
未熟よりも成熟が好いなら、若さよりも老いているのが好いはずで、老いることは死に近づくことだから、死ぬことが好いのに決まっている。
まさに、逆さまだ。
成熟した女は、逆さまの生き方を決してしない。
成熟した男は、そうとは限らない。
万能の女はいても、万能の男はいないのである。
メスがボスになり得ても、オスはボスになり得ないのである。
「恵美子はん!だいぶ落ち着きはりましたんか?」
恵美子は、少なくとも真実の一瞥を吐かなければならなくなった。
「気分はだいぶ落ち着いたんやけど、からだが・・・」
倫子は、蜂の一刺しをここでした。
「ほんなら、ええとこで、病院に行かはったらどうえ?」
倫子のこの一言で、恵美子は観念した。