(その一)女の本領

恵美子は東山の実家に戻った。
母の倫子と決着をつけるためだ。
だが、その前に聡と決着をつけなければならない。
『一難去って、また一難やわ!』
『1月31日迄に決着をつけとかんと・・・』
と思った恵美子だが、短兵急に行動することはしない。
それが女の受容能力の高さの証明だ。
女の受容能力が男のそれよりも遥かに高いから、メスが子供を産むように進化してきたのだ。
同性の倫子にはそれはよくわかっていたが、異性且つ経験不足が拭えない若輩の聡にはわかるべくもなかった。
頭の回転速度だけで生き抜ぬくには、人の世はあまりにも複雑怪奇だ。
頭の悪い輩ほど複雑に考えるのが、知性を有した、つまり、考える能力を持った人間の厄介なところであり、それが、人の世を複雑怪奇なものにしてしまったのである。
一流大学を卒業した連中の大半が、人生の失敗者になる所以だ。
聡も他聞に洩れず、何事も複雑怪奇に考える性癖を持っていた。
女特有の直感で生きている倫子や恵美子の単純明快な生き方とは好対照だ。
「恵美子、なんかおれに言わなあかんことあるんちゃうか?」
我慢し切れなかったのである。
而も、優位な相手に対してだけ我慢をせず、自分が劣位に立っている相手には我慢をする。
要するに、相手をびびらして優位に立つ。
オスの最も忌むべき性癖である。
オス社会の最も醜い特徴である。
だから、ヤクザのような反社会勢力はオス社会にしか蔓延らない。
「なんのことどすか?」
恵美子は顔色ひとつ変えず返事をした。
ますます我慢し切れなくなった聡の頭は、首の皮一枚だけ辛うじて残して胴体と繋がっていた。
「・・・と1月31日に会うことになってるんや・・・」
そう言えば、恵美子は察するだろうと高を括った発言だったが、恵美子から逆襲を受けてしまった。
「もう会いはったんとちがうんどすか?」
聡は、上賀茂神社で敗退した第一ラウンドのことは伏せていたから、返事しようがない。
三方さんで夕餉の支度をしていた倫子の二本の感度のいいアンテナが回り出した。
「とお・・・」
藤堂頼賢の名前を出し掛けたが、回転速度だけは素晴らしい頭が辛うじてブレーキを掛ける。
「服部はんと会いはったんどすか?」
恵美子は背中を見せている倫子に視線を送りながら、敢えて固有名詞を言った。
“虎穴に入らずんば虎児を得ず”の格言をそのまま実践したのである。
やはり、女(メス)の方がいざとなったら大胆不敵になる。
「また1月31日に会いはるんどすか?」
「なんのためどすか?」
「聡兄さん、服部はんとそんな仲よかったんどすか?」
「むだなことしはりますな・・・」
聡は、恵美子の波状攻撃の上の最後の止めで、息の根を止められてしまった。
「別に大した用事やないから、会うのもうやめとくわ・・・」
聡の降伏宣言で恵美子は思った。
『藤堂はんが、最後にうちに言いはった意図は、こうすることやったんやろな・・・』
白旗を一旦は揚げた聡だったが、本人の腹の中では、半切りした白旗だったのである。
それにしても、女の本領を見せつけられた一幕だった。