(その一)制御できない想い

恵美子が身体の異変を感じたのは、元日の午後だったが、病気で喩えるなら症状が顕れた状態、つまり、発病時期であっただけで、病気になった時期は、もっと早い時期にあったのは明白だ。
女性だけにある月経が止まることが、病気になった最初のシグナルである。
毎月あるものが、突然なくなるのだから、これも大きな異変の筈だが、見逃すことが多々ある。
十一才の時に月経が始まって以来、二十一才になった恵美子にとっては10年間、つまり、120回の月経を経験している筈だが、月経時期がずれたり、時にはなかったりすることもあった。
月経が止まるイコール妊娠とは限らないわけである。
況んや、思い当たる節がなければ・・・。
思い当たる節があれば、月経が止まるイコール妊娠と思いたい場合と、思いたくない場合がある。
思いたい場合は自己分裂が起こらないが、思いたくない場合は自己分裂が起こる。
この違いは、一生の中で大きな差を生む。
女の体は子供を産む構造をしているが、進化過程でそうなっただけで、メスが子供を産む役目を、オスが子供を産ます役目を最初から与えられていたわけではない。
若しそうであるなら、役目を与えた創造者が必ず存在する筈で、それが神と言うなら、被造物である人類にとって神は全知全能であるが、残念ながら、人類の歴史に登場してきたすべての神たちは余りにも不完全な存在である。
その不完全性は、人類が造り上げた存在だからである。
そうすると、メスが子供を産む役目を、オスが子供を産ます役目を最初から与えられたという仮説は完全に崩れてしまう。
そうすると、メスもオスも最初は子供を産む能力を持っていたことになり、その後、オスの子供を産む能力が退化していった結果、現在のようなオスとメスの役割分担が確立されていったことになる。
而も、その進化過程は人類に限ったものではなく、他の哺乳類、両生類、爬虫類、魚類、鳥類、昆虫類にまで及び、オス・メスの性別がない原生動物や原生植物の時点で、枝分かれしたことになる。
オスが生殖能力において、メスより劣っていたために、メスが子供を産み、オスの子供を産む能力が退化していった結果、現在のようなオス・メス関係に至ったのである。
オスとメスの能力差の根本要因は受容性にある。
オスはメスに比べて受容力が著しく劣るわけだ。
人間の男性と女性の違いは種を超えたところにある。
言い換えれば、種別の上に性別があるということになる。
進化論を見直すべき時期が到来したのだ。
恵美子の心の中で起こっている制御できない想いの分裂の遠因は、新しい進化論を待たなければ究明できないかもしれないし、新しい時代がやって来る兆候を示唆しているのかもしれない。