(その一)戸惑うペリカン

聡は、恵美子に妹以上の感情を持っていることを本人に悟られまいと思いながらも、服部崇から今日聞いた話をどう切り出していいのか、島原にやってくる道中で考え抜いたが、よい答えを見出せないまま、彼女の顔を見ることになってしまった。
『笑顔で取り繕ってるけど、内心は忸怩たる想いのはずや・・・』
「どないしはったん?」という恵美子の言葉が、聡の耳下から脳天を鋭く突き刺す。
『どないしはったん?どないしはったん?どないしはったん?・・・・・』
聡は、吐きだしたい怒りの想いを呑み込んで、冷静且つ穏やかな言葉を選び選び、小出ししていく。
「高校の時の友達で、服部崇いう奴憶えてるやろ?」
この程度の小出しでは、恵美子が推し測ることは到底無理だと高を括っていた聡の脳天に衝撃が走った。
「藤堂頼賢の件どすか?」
いざとなったら、男の方がまるで度胸がない。
逆に女のほうが、腹を括るようだ。
「なんで知ってるんや?」
つい責め口調になってしまう。
「これまで何べんも藤堂はんと一緒に会ったことあんのやさかい、あたりまえどすがな・・・・それがどないかしたんどすか?」
守るべきところは守り、攻めるべきところは攻める要領を得ているところは、さすがに祇園の芸妓をしてきただけに、二十一歳の素人の女とは違う。
況してや、この一年間の藤堂頼賢との間で展開されてきた愛憎の機微の殆どを、憎しみに費やしてきた以前ならいざ知らず、藤堂頼賢が8人のチンピラから若いカップルを助けるために惹き起こした暴力事件に彼女が遭遇したことによって、愛憎のエネルギーが憎しみから愛情に方向転換した直後だっただけに、勇気を奮って恵美子に会いにきた聡のせっかくの努力も絵に描いた餅になりかねない事態であった。
恵美子は、聡がやって来たことを知った時から、何の用件かはある程度察していた。
しかし、藤堂頼賢の深遠な狙いまでは読み切れなかった。
まさか、自分が彼の子を孕んでいることを知っているとは想像もしていなかったから無理もない。
現に、彼にその事実を告白した憶えはないのだ。
「服部はんにお会いになったんどすか?ほんで、藤堂はんとうちのこと聞かはったんどすか?」
聡は肯くだけで、次の言葉が出てこない。
「去年の成人式の通し矢の大会で藤堂はんと出会うて、それ以来仲ようしてもろてるだけどす・・・」
『飽くまで白を切るつもりなんや・・・言うべきか、どないしよう・・・言うたら、ただの兄妹の関係になるだけや・・・』
情けないと想いながら、聡は先伸ばしをすることにしたが、ただどうしても言わなければならないことがある。
「明後日の午後6時に藤堂頼賢と会うことになったんや!それだけ言いとうてやって来ただけや・・・すまんかった」
化粧をしているお陰で、真っ青になった顔を聡に悟られなかったが、淋しそうに島原大門を潜っていく彼の後姿が、自分を責めているように恵美子は思った。
『藤堂はん、一体どういうつもりなんやろ?』
藤堂頼賢という怪物と、怪物に振り回されている手弱い兄妹のトライアングルの構図が見えてくる。
一匹のライオンが二匹の兄妹シマウマを餌食にするために、狩を楽しんでいるようだ。
『藤堂頼賢という奴、一体どういうつもりなんやろ?』
戸惑う聡。
『藤堂はん、一体どういうつもりなんやろ?』
戸惑う恵美子。
“戸惑うペリカン”という歌があったが、まさに二人は、“戸惑うペリカン”だ。
“夜のどこかにかくされた
あなたの瞳がささやく
どうか今夜のゆく先を
教えておくれとささやく
わたしもいま寂しい時だから
教えるのはすぐできる
夜を二人で行くのなら
あなたが邪魔者を消して
あとをわたしがついてゆく
あなたの足跡を消して
風の音に とどかぬ夢を乗せ
夜の中にまぎれこむ
あなたライオン たてがみゆらし
ほえるライオン おなかをすかせ
あなたライオン
闇におびえて わたしは戸惑うペリカン

あなたひとりが走るなら
わたしが遠くはぐれたら
たちどまらずにふりむいて
危険は前にもあるから
どこからでもあなたは見えるから
爪をやすめ 眠るときも
あなたライオン たてがみゆらし
ほえるライオン おなかをすかせ
あなたライオン
闇におびえて わたしは戸惑うペリカン

あなたライオン 金色の服
その日ぐらし 風に追われて
あなたライオン 
わたしは あなたを愛して戸惑うペリカン”

二人の悲鳴にも似た叫び声が、藤堂頼賢には心地よい歌に聞こえるのであろうか。