(その一)逆手の魔

聡は恵美子に会いに輪違屋に行くつもりだったが、そんな予定は儚くも消え去ってしまった。
「おまえ、その藤堂頼賢という奴、よう知ってるんか?」
京都大学を現役で合格する知能を持っているだけに、機転と頭の回転は極めて速い。
何種類かの可能性を瞬時にはじき出して、対策を模索しはじめているのである。
「ああ、よう知ってるで!」
服部崇の表情が若干緩んだ。
『こいつは、藤堂頼賢に好意を持ってるようやな・・・』
「京都のやつか?」
服部崇は聡に誘導尋問されているとも気づいていない。
「伏見に家あって、親といっしょに住んでるわ。俺も遊びに行ったことあるけど、めちゃくちゃ大きい家や!」
『まるで、自慢話や!』
げんなりする聡だが、更に尋問を続け、外堀を埋めに掛かる。
「どんな奴や?」
「そら、すごい奴やで!」
体を前面に押し出して、聡の顔に迫る勢いだ。
二十歳そこそこの若者では到底堪えきれない限界点まできている。
『ああ!もうそれ以上聞きたくないわ!いやいや、ここが我慢のしどころや!』
「すごいって、どんな風にすごいんや?」
恐る恐る訊く聡。
「背は190cm近くあるし、横幅はがっちりしてるし、それにめちゃくちゃ男前や!」
外見を訊いたつもりではなかったが、日本人離れしているのに吃驚したところへ、駄目押しされた。
「竹を割ったようなスカッとした、ええ奴やで・・それに頭もシャープで・・・」
『頭のシャープさでは、俺も負けへんで!』
聡は最後の足掻きをしているようで、自己嫌悪に陥った。
「そいつがなんでお前に、恵美子のこと言うんや?」
いよいよ核心に迫ろうとする聡は、頭の中で可能性を模索している。
『ただの自慢話のつもりで辺り構わずしよったんか?こいつと仲がええから、相談しよったんか?こいつと俺との関係を知っていて敢えてしよったんか?他にどんな?・・・・』
あれこれ考えを巡らせていると、服部崇は頭を掻きながらあっさり白状したのである。
「そいつから、お前に言えって言われたんや!」
聡は、金槌で頭を不意撃ちされたような衝撃を受けた。
『売られた喧嘩は買うしかない!』
聡も腹を括った。
藤堂頼賢が天性の才能を持つなら、聡は努力という力技を持っている。
日本刀の切れ味と、鉈の切れ味の違いだ。
日本刀が勝つか、鉈が勝つか。
いずれにしても、二回目の魔は避けることも克服することも可能な逆手の魔に違いない。