(その一)大晦日の夜

今年の冬はいつもと違っていた・・・。
・・・裏に拡がる東山の表情が冬らしくない。
そのことを感じていたのが自分だけであったことを知ったのは、師走もおしせまり、除夜の鐘を聞きながら、家族といっしょに火鉢を囲んで焼いたみかんの酸味(すっぱさ)を懐かしんでいる時のことであった。
「・・・、今年の東山は病んでるみたいやなあ・・・」
芸者あがりの母の倫子を特別な目で見てきた聡だけに、何気ない仕草で彼女に話す癖がついている。
普段の東山は、11月の中頃には健康美人の女性に得も云われぬ化粧を施したような彩りを放つ筈なのに、今年はいまだに真っ青な、まるで薄命美人の表情で自分に助けを求めているように彼は感じていた。
精神が鈍感になっている者が毎日同じ風景を見ていても、その微妙な変化に気づかないが、精神が研ぎ澄まされている者には、ちょっとの変化にも敏感に反応する。
自分の精神が研ぎ澄まされている理由(わけ)がその時には分からなかったが、母親の倫子の歪んだ反応のお陰で分かることになる。
聡は毎年この時期になると、子供の頃を夢のように思い出す。
ビング・クロスビーのホワイトクリスマスが家の中いっぱいに流れている中で、家族が映画の画面の中を行き来する姿を鑑賞者のように観察している自分がいる。
『ああ!クリスマスと正月がいっしょにやって来て、しあわせやなあ!』
ビング・クロスビーのホワイトクリスマスが急にフランク・シナトラのホワイトクリスマスに変わっても、それがまた嬉しいのだが、エルビス・プレスリーのブルークリスマスがいつの頃からか加わるようになった時の不幸感覚は大変なものだった。
『クリスマスの色は雪の白色って決まっているやないか!なんで冬のクリスマスがブルークリスマスなんや!』
1200年の古都を誇る京都にも、太平洋戦争の傷あとは色濃く残っていて、「日本のアメリカ化」占領軍政策の陰が投影され、クリスマスが大晦日の前の行事として認知されていたのだ。
他人(ひと)の好き嫌いは一瞬で決まるようだ。
そしてひとたび好きか嫌いかが決定されると、その決定は一生覆されることはない。
知性という考える能力を得た唯一の生きものである人間なのに、感情だけで一生が左右されるのは、どうも合点がいかないが、現実はそうなのだ。
最初は嫌いであっても、その後、見直すことで好きになることもあるだろうし、その逆の場合もあり得る筈なのに、最初の一瞥の印象が一生変わらないのは、人間も所詮は他の生きものと同じ感情で生きていて、知性などいざとなれば何の役にも立たないことを証明しているのかもしれない。
彼がその後エルビス・プレスリーを忌み嫌うようになったのはブルークリスマスの所為だ。
それ以来、紺碧系の色を苦手とする体質に変わってしまったようである。
京都の紅葉は11月の下旬にその表情を最も豊かにする。
四方を山で囲まれている盆地に人工的に造られた町が平安京であるのに対して、同じ碁盤の目状であっても自然が織り成した都である奈良の平城京とは対称的だ。
それだけに、奈良には雑然とした自然の美があるのに対して、京都には奈良にはない人工的だが整然とした美がある。
自然の美の奈良に対して、人工の美が京都にはあり、人工の美が京都という町の表情を却って豊かにするのかもしれない。
朝方の紅葉は嵐山。
夕方の紅葉は東山。
まるで夏の朝顔と夕顔のようなコントラストを呈しているのが冬の京都なのである。
晩秋から初冬に掛けての宵待ちの京都を豊かな表情で表わす東山が、今年は紅葉が進まず、青々としたままなのだ。
「・・・、今年の東山は病んでるみたいやなあ・・・」
聡のこの一言で倫子の表情が急変したのを、父親の正三も、兄の亨も感じていなかったのが幸いだったのかどうか、聡は、その時、わかるすべもなかった。
倫子の変化を悟られなかったのは、火鉢を囲んだ四人がそれぞれの想いで、大晦日の紅白歌合戦に観入っていたお陰もあったが、ちょうど妹の恵美子が泥酔して帰ってきた様子に二人が釘付けになったことも相俟ったからである。
「なんでんねんや!大晦日にそのみっともないみなりは・・・」
正三の怒鳴り声で倫子は我に帰った。
「お父はん、何言うてはんの!うちは先斗町のお勤めの帰りどすえ・・・
遊んでたんとちがいます!」
反論する恵美子の肩を持つように、倫子が口を開いた。
「お父はん!恵美子はまだ二十歳やのに、芸者のお勤めをしてはんねや!酔うのも仕事のうちなんやから、しようがおまへんやろ!」
長男の亨は同志社大学工学部を卒業して、京都に本社のある大きなメーカーのサラリーマン3年生、聡は京都大学四年の現役学生であるのに、妹の恵美子は大学も行けず、高校も夜学に通いながら昼間は舞妓の稽古事に明け暮れる日々を送った挙句に、二十歳になったと同時に芸者になった。
女に生まれたというだけでこんな理不尽な目に遭うのは、二十歳という若さの恵美子の身になれば、受け入れ難い仕打ちだと思っても不思議ではない。
「大晦日や言うては、火鉢囲んでおみかん食べながら、紅白歌合戦をのんびりと観てはるみなはんと、うちは身分が違うんどす!」
恵美子の酒乱ぶりに一番傷つくのはいつも聡だった。
二歳違いの妹だが、子供の頃から自分の恋人のように思い込んでいたから、他人事とは思えないのだ。
「恵美子!ほれ水を飲みいや!」
聡が彼女のために三方さんにある水瓶から掬った柄杓のままの水を持ってきた。
戦後の高度経済成長のお陰で、台所のことを「キッチン」と呼びかえる時代になっていた日本だが、古都京都ではいまだに三方さんであり、台所なのである。
三方とは、その字の通り、三つの方向であり、三つの面を言うのだが、神仏に供物を捧げる台が前・左・右の三方に刳形のある台を取りつけたことから、いつの頃からか四方に対して三方と言うようになり、厨房に祭る神さんの代名詞になっていった。
京都の水は井戸から採るのが圧倒的に多いのも、「キッチン」よりも、「三方さん」に向いている。
まさに、台所である。
井戸から汲み挙げた水を、大きな土の水瓶に貯めておき、柄杓でお椀に移して飲む。
古くからの飲み水の作法だ。
上水道が完備した文明社会では、水道の蛇口の設置された「キッチン」がお似合いだが、「三方さん」の伝統社会では、井戸水、水瓶、柄杓を外せない。
聡から差し出された水の入ったアルミの杓子に、直接口をつけてがぶ飲みする恵美子の様子に、父の正三は怒りを更に募らせた。
「ええかげんにしなはれ!」
京言葉は複雑だ。
これで怒っているのである。
「ぶぶ漬けでもどうどすか?」
長居する客に「帰れ!」と婉曲的に言う京言葉だ。
明治以降、東の京になった新しい都の江戸っ子弁では、「いいかげんにしろ!」が、西の京である古い都の京言葉では、「ええかげんにしなはれ!」になって、喧嘩にならない。
1200年もの長い間、都を続けてきた町の伝統の本領だ。
人間社会だけにある「戦争(喧嘩)」を如何に防ぐかの生きる知恵が、平安の都には息づいている。
水を飲んで一息ついた恵美子がやっと素面に戻ったらしい。
「すんまへん・・・不細工なとこ見せて・・・」
そう言いながら、彼女は聡の腕の中で気を失ってしまった。