第十九章 マスコミの変節

新聞、テレビ、雑誌を三大メディアと云う。
そこに、インターネットという化け物が加わった。
マスコミという化け物の正体だ。
「社会正義」
「言論の自由」
というスローガンを掲げて、恰も、我々一般国民(大衆ではなく、民衆)のために、体制(国家権力)と戦う。
まさに、民主主義社会の申し子こそが、マスコミのはずであった。
民主主義社会が登場したのは、古代ギリシャの都市国家だが、近世になって、市民革命を起こした欧米諸国に勃興したものである。
基本的人権、言論の自由、多数決の原理が主たる属性であり、まさに、人民(国民)が権力を持ち、人民(国民)の立場に立って、言論の自由を楯に人民(国民)を守るために誕生し、育ったのがマスコミである。
ところがである。
人民(国民)の側に立って、国家権力と戦うべきはずのマスコミが、国家権力の側に立つようになったのである。
では一体何者が、何時頃に、何処で、如何なる目的で、どのようにして、マスコミを、人民(国民)の側から国家権力の側に変節させたのであろうか?
この問いに対する回答を得るためには、多くの歴史的事実を踏まえた検証が必要となる。
現在から遡ると、1985年9月22日にニューヨークのプラザホテルで開催されたG5(アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、日本の蔵相会議)から、話ははじまる。
つまり、
人民(国民)の側に立って、国家権力と戦うべきはずのマスコミが、決定的に国家権力の側に立つようになったのが、1985年9月22日のニューヨークのプラザホテルで開催されたG5(アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、日本の蔵相会議)からなのである。
爾来、世界経済が投資経済(実体経済=モノづくり経済)から投機経済(仮想経済=マネー経済)に移行していく中で、国家権力側のスポークスマン的役目を負ったマスコミに豹変したのである。