実行八十五日目

国家のない社会になるのが当然なのは、全体は部分如何によって決定されるという、全体と部分の法則があるからです。
国家があるから政治があり、行政があるのです。
しかし政治や行政で国家が変わったことなど一度もないのです。
個人である国民が立ち上がった時はじめて国家が変わるのです。
全体は部分如何によって決定されるという、全体と部分の法則があるからです。
個人あっての国家、つまり国家のない社会が当然のことながら、これからやって来る新しい社会であります。
そのためには個人である国民が、国民である前に個人である目醒めが第一要件です。