一刻千金の日々
はじめに

『一刻』とはひととき、つまり僅かな時間のことであり、十二支の時刻に基づくと、一時(ひととき)二時間の四分の一すなわち三十分です。
『一刻千金』とは、中国の北宋時代の詩人・蘇軾(そしょく)が、『春夜詩』の中で、春の夜の美しさを「春宵(しゅんしょう)一刻直(あたい)千金」と表現したことから引用されたものです。
僅かな時間が千金に値するほど貴重であり、またたく間に過ぎ去ってしまう楽しい時間を惜しむ言葉であり、時間の浪費を戒める言葉でもあります。
『一刻千金の日々』とは、時は一刻千金なのだから、そのように一日を無為に過ごしてはいけないと意味を込めての表題にしたものです。
まさしく、『今、ここ』を生き切ることの宣言集であります。


平成17年5月20日    新 田   論


『今、ここ』初日 『今、ここ』五十一日目
『今、ここ』二日目 『今、ここ』五十二日目
『今、ここ』三日目 『今、ここ』五十三日目
『今、ここ』四日目 『今、ここ』五十四日目
『今、ここ』五日目 『今、ここ』五十五日目
『今、ここ』六日目 『今、ここ』五十六日目
『今、ここ』七日目 『今、ここ』五十七日目
『今、ここ』八日目 『今、ここ』五十八日目
『今、ここ』九日目 『今、ここ』五十九日目
『今、ここ』十日目 『今、ここ』六十日目
『今、ここ』十一日目 『今、ここ』六十一日目
『今、ここ』十二日目 『今、ここ』六十二日目
『今、ここ』十三日目 『今、ここ』六十三日目
『今、ここ』十四日目 『今、ここ』六十四日目
『今、ここ』十五日目 『今、ここ』六十五日目
『今、ここ』十六日目 『今、ここ』六十六日目
『今、ここ』十七日目 『今、ここ』六十七日目
『今、ここ』十八日目 『今、ここ』六十八日目
『今、ここ』十九日目 『今、ここ』六十九日目
『今、ここ』二十日目 『今、ここ』七十日目
『今、ここ』二十一日目 『今、ここ』七十一日目
『今、ここ』二十二日目 『今、ここ』七十二日目
『今、ここ』二十三日目 『今、ここ』七十三日目
『今、ここ』二十四日目 『今、ここ』七十四日目
『今、ここ』二十五日目 『今、ここ』七十五日目
『今、ここ』二十六日目 『今、ここ』七十六日目
『今、ここ』二十七日目 『今、ここ』七十七日目
『今、ここ』二十八日目 『今、ここ』七十八日目
『今、ここ』二十九日目 『今、ここ』七十九日目
『今、ここ』三十日目 『今、ここ』八十日目
『今、ここ』三十一日目 『今、ここ』八十一日目
『今、ここ』三十二日目 『今、ここ』八十二日目
『今、ここ』三十三日目 『今、ここ』八十三日目
『今、ここ』三十四日目 『今、ここ』八十四日目
『今、ここ』三十五日目 『今、ここ』八十五日目
『今、ここ』三十六日目 『今、ここ』八十六日目
『今、ここ』三十七日目 『今、ここ』八十七日目
『今、ここ』三十八日目 『今、ここ』八十八日目
『今、ここ』三十九日目 『今、ここ』八十九日目
『今、ここ』四十日目 『今、ここ』九十日目
『今、ここ』四十一日目 『今、ここ』九十一日目
『今、ここ』四十二日目 『今、ここ』九十二日目
『今、ここ』四十三日目 『今、ここ』九十三日目
『今、ここ』四十四日目 『今、ここ』九十四日目
『今、ここ』四十五日目 『今、ここ』九十五日目
『今、ここ』四十六日目 『今、ここ』九十六日目
『今、ここ』四十七日目 『今、ここ』九十七日目
『今、ここ』四十八日目 『今、ここ』九十八日目
『今、ここ』四十九日目 『今、ここ』九十九日目
『今、ここ』五十日目 『今、ここ』百日目