一期一会

一期一会  初の日 一期一会  二十一の日 一期一会  四十の日
一期一会  二の日 一期一会  二十二の日 一期一会  四十一の日
一期一会  三の日 一期一会  二十三の日 一期一会  四十二の日
一期一会  四の日 一期一会  二十四の日 一期一会  四十三の日
一期一会  五の日 一期一会  特別の日 一期一会  四十四の日
一期一会  六の日 一期一会  二十五の日 一期一会  四十五の日
一期一会  七の日 一期一会  二十六の日 一期一会  四十六の日
一期一会  八の日 一期一会  二十七の日 一期一会  四十七の日
一期一会  九の日 一期一会  二十八の日 一期一会  四十八の日
一期一会  十の日 一期一会  二十九の日 一期一会  四十九の日
一期一会  十一の日 一期一会  三十の日 一期一会  五十の日
一期一会  十二の日 一期一会  三十一の日
一期一会  十三の日 一期一会  三十二の日
一期一会  十四の日 一期一会  三十三の日
一期一会  十五の日 一期一会  三十四の日
一期一会  十六の日 一期一会  三十五の日
一期一会  十七の日 一期一会  三十六の日
一期一会  十八の日 一期一会  三十七の日
一期一会  十九の日 一期一会  三十八の日
一期一会  二十の日 一期一会  三十九の日


一期一会  未(ひつじ)初の日 一期一会  未(ひつじ)二十一の日 一期一会  未(ひつじ)四十一の日
一期一会  未(ひつじ)二の日 一期一会  未(ひつじ)二十二の日 一期一会  未(ひつじ)四十二の日
一期一会  未(ひつじ)三の日 一期一会  未(ひつじ)二十三の日 一期一会  未(ひつじ)四十三の日
一期一会  未(ひつじ)四の日 一期一会  未(ひつじ)二十四の日 一期一会  未(ひつじ)四十四の日
一期一会  未(ひつじ)五の日 一期一会  未(ひつじ)二十五の日 一期一会  未(ひつじ)四十五の日
一期一会  未(ひつじ)六の日 一期一会  未(ひつじ)二十六の日 一期一会  未(ひつじ)四十六の日
一期一会  未(ひつじ)七の日 一期一会  未(ひつじ)二十七の日 一期一会  未(ひつじ)四十七の日
一期一会  未(ひつじ)八の日 一期一会  未(ひつじ)二十八の日 一期一会  未(ひつじ)四十八の日
一期一会  未(ひつじ)九の日 一期一会  未(ひつじ)二十九の日 一期一会  未(ひつじ)四十九の日
一期一会  未(ひつじ)十の日 一期一会  未(ひつじ)三十の日 一期一会  未(ひつじ)最後の日
一期一会  未(ひつじ)十一の日 一期一会  未(ひつじ)三十一の日
一期一会  未(ひつじ)十二の日 一期一会  未(ひつじ)三十二の日
一期一会  未(ひつじ)十三の日 一期一会  未(ひつじ)三十三の日
一期一会  未(ひつじ)十四の日 一期一会  未(ひつじ)三十四の日
一期一会  未(ひつじ)十五の日 一期一会  未(ひつじ)三十五の日
一期一会  未(ひつじ)十六の日 一期一会  未(ひつじ)三十六の日
一期一会  未(ひつじ)十七の日 一期一会  未(ひつじ)三十七の日
一期一会  未(ひつじ)十八の日 一期一会  未(ひつじ)三十八の日
一期一会  未(ひつじ)十九の日 一期一会  未(ひつじ)三十九の日
一期一会  未(ひつじ)二十の日 一期一会  未(ひつじ)四十の日


はじまりにあたって

わたしが、初めて執筆活動をしたきっかけは、どうしても文章にして残しておきたいある想いがあったからですが、その時、一部少数の知人向けだけに、Daily Discourse(毎日の講話)として毎朝書き上げた原稿を、そのままその方たちにメールで配信を始めたのです。
そうして、書き上げた作品が、「心の旅の案内書」ですが、毎日配信している時は、対機説法ではありませんが、一対一で語りかけているイメージで書いておりました。
しかし、いざ本になってしまいますと、校正も加え、内容修正もして、語り口調からどうしても、文章体になっていることに、内心不満を持っておりました。
老子の言葉に、「真理を語ることはできない。語ることのできるものは真理ではない」というものがあります。
もちろん、そのような境地には、ほど遠いわたしでありますが、せめて「真理を書くことはできないが、語ることはある程度できる」と思うのです。
従って、究極的には、文章で表現するのではなく、自分の言葉で直接伝えることが、より真理に近い対話−出来れば対機対話調が理想ですが−が出来るのではないかと思い、一年前頃から平成セミナーなるものを開始し、ある程度の人数の方たちと対話する機会をつくったのです。
然し乍ら、わたしの体調が完全でなかったこと、それから人間というものは大勢になればなるほど、人の間に摩擦、軋轢、相克が生じるもので、当初の想いとは、まったく違った方向に流れていく。
その様相を見るに及んで、わたしが参画しない形にしなければと思いました。
やはり基本は一対一の対機対話が一番だとは思うのですが、わたしの体が儘ならないのです。
そこで、日々湧いてくる想いを、出来るだけ新鮮な内に、新鮮な言葉でお伝えすることが出来たらと思っていました。
そして当初のDaily Discourse(毎日の講話)を想い起こし、Daily Discourse(毎日の講話)はおこがましいので、日々の想いをみなさんにお伝えするために、「一期一会」という配信メールで対機出来ればと思ったのです。
従って、これからの綴られる内容は、本になるのではなく、まさに綴り方教室調に、みなさんに語りかけていきたいと思っています。


平成十四年十月二十日    新 田   論