第一章 “豊饒” & “清貧”

豊饒とは、精神的豊かさであって、物質的豊かさで得られるものではない。
では、
精神的豊かさと、物質的豊かさとは、二元論を構成できるだろうか?
すなわち、
精神的豊かさと物質的豊かさとは、表裏一体を成す一枚のコインであり、決して二律背反するものではなく、お互い補完し合うものであり得るだろうか?
言い換えれば、
精神的豊かさと物質的豊かさとは、一方が実在するもので、他方はその不在概念に過ぎないものであり得るだろうか?
つまり、
精神的豊かさが実在するもので、物質的豊かさは精神的豊かさの不在概念に過ぎないものであるのか?
若しくは、
物質的豊かさが実在するもので、精神的豊かさは物質的豊かさの不在概念に過ぎないものであるのか?
まさに、
この発想は抜本的発想の切り替えなくして起こり得ないものに他ならないだろう。
そして、
われわれは、精神的豊かさ=物質的豊かさだと信じている。
更に、
われわれは、物質的豊かさゆえ精神的豊かさを得られると信じている。
逆に言えば、
精神的豊かさから物質的豊かさは得られないと信じている。
従って、
われわれは、物質的豊かさが実在するもので、精神的豊かさは物質的豊かさの不在概念に過ぎないと信じている。
ところがその結果、
われわれは、金持ちを追い求め、貧乏を忌み嫌う人生を送っている。
まさに、
錯覚の人生の証左に他ならない。
詰まる処、
精神的豊かさが実在するもので、物質的豊かさは精神的豊かさの不在概念に過ぎなかったのが真理であった。