第七章 最悪の必然性の不条理

いくら悪いことをしても幸福になり、いくら善いことをしても不幸になるのが偶然性の世界なのである。
この真理(裏を返せば逆真理)を理解できない限り、人類は絶滅を待つしかないだろう。
まさに、
偶然性の世界の方が一見不条理に見えるだろう。
だから、
必然性の世界を主張して、宗教も科学も、われわれ凡庸な一般大衆を取り込もうとする。
ところが、
必然性の世界が実は不条理極まりないのである。
現に、
戦争原因の大半は、宗教と科学の所為であることは、過去の歴史を振り返れば一目瞭然である。
十字軍による500年に亘る異教徒殺戮。
原子爆弾やミサイルの発明。
よくよく考えてみれば自明の理だが、どうやら、われわれ現代人は、よくよく考えることができないようにされてしまったらしい。
なぜなら、
われわれ一般大衆は、何も考えずに行動する(させられる)操り人形のようにしておいた方が都合のいい連中がいるからである。
まさに、
人間社会にしかない支配・被支配二層構造社会における支配者連中に他ならない。
まさに、
何も考えずに行動する(させられる)操り人形、すなわち、嘗ては奴隷であり、農奴であり、民衆であり、現在では国民こそが、被支配者連中に他ならない。
そして、
支配・被支配二層構造の世襲・相続の差別社会が構築されて以来、われわれ被支配者連中は、悪事をすれば必ず天罰を食らい、努力すれば必ず報われると信じて(信じ込まされて)生きてきた。
その結果、
悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖に苛まれる一生を送る羽目に陥ったのである。
まさに、
必然性の考え方こそ、最悪の不条理に他ならないのである。