第四章 確率論の陥穽

金持ちは一握りの人間しかなれず、その他圧倒的多数の貧乏な人間の上に成り立っている。
支配者は一握りの人間しかなれず、その他圧倒的多数の被支配者の人間の上に成り立っている。
まさに、
確率論的正規分布理論に基づく、質的優位性が量的劣位性を誘導し、質的劣位性が量的優位性を誘導している証左である。
平たく言えば、
偶然性の世の中では、金持ちとか支配者とかいった人間の数は一握り程度しかなく、貧乏とか被支配者とかいった人間の数が圧倒的多数を占めるのである。
ところが、
科学は、必然性ゆえ科学として成り立っているのである。
まさに、
ニュートン力学でも、アインシュタインの相対論でも、ハイゼンベルグの不確定性原理でも、必然性を追求するから、たとえ盲信であっても、われわれ現代人から一目置いてもらっている。
ところが、
科学が詐称そのものである依拠は、最小作用原理を証明していない点にある。
その最たる例が、ビッグバン直後に誕生したと主張する四つの力の根拠を証明できていないのである。
すなわち、
四つの力はもともと唯一の力から分化したものであったが、ビッグバン直後に四つに分化したと主張しているのだが、それを未だに証明できていないのに、証明できた前提でいるのである。
まさに、
偶然性を必然性と無理やり言い切っているのである。
まさに、
科学とは、似非偶然性の学問に他ならない証左である。
まさに、
確率論とは、真性偶然性ではなく、似非偶然性に他ならないのである。
そして、
宗教こそ、必然性を主張する典型に他ならない。
なぜなら、
努力したことは必ず報われ、罪を冒したことも必ず報われると主張するのが、神であり、宗教なのだから。
そしてその結果、
確率論的正規分布理論に基づく、質的優位性が量的劣位性を誘導し、質的劣位性が量的優位性を誘導している証左である。
まさに、
必然性=似非偶然性=確率論の証左に他ならない。
なぜなら、
似非偶然性の世の中では、金持ちとか支配者とかいった人間の数は一握り程度しかなく、貧乏とか被支配者とかいった人間の数が圧倒的多数を占めるのであるから。
そして、
真正偶然性こそ、努力したことは必ず報われ、罪を冒したことも必ず報われる証明に他ならないのである。