第二章 豊かさの意味

富の物差しと豊かさの物差しは、次元が異なることを、先ず、われわれは理解しなければならない。
富の物差しの代表が、お金の量であり、土地の広さといったものがあるが、さりとて、幸福の物差しにはなり得ないし、ましてや、不幸の物差しにもなれない。
一方、
豊かさの物差しが、幸福・不幸の物差しにはなり得るだろう。
では、
豊かさの物差しを、幸福・不幸の物差しに置き換えるには一体どうしたらいいのだろうか?
幸福を感じる量の大きいことが、豊かさを感じることになるのか?
一概にはそう言えないかもしれない。
不幸を感じる量の大きいことが、豊かさを感じることもあるのではないか?
まさに、
豊かさの物差しが、幸福・不幸の物差しにはなり得るだろう、という所以に他ならない。
そこで、
健康と病気の関係でたとえてみれば一目瞭然である。
重い病気で苦しめば苦しむほど不幸を大きく感じるが、治癒したときにはより大きな幸福を感じるだろう。
一方、
病気の一切無い状態の健康のときに、幸福を感じるだろうか?
不幸を感じることも無いが、幸福を感じるわけでもないはずだ。
この事実は一体何を示唆しているのか?
まさに、
病気や不幸が実在するもので、健康は病気の不在概念、幸福は不幸の不在概念に過ぎないことの証明に他ならない。
では、
幸福を感じる量の大きいことが、豊かさを感じることになるのか?
それとも、
不幸を感じる量の大きいことが、豊かさを感じることもあるのではないか?
そこで、
金持ちと貧乏の関係でたとえてみればわかるかもしれない。
金持ちになった直後は、豊かさを感じ、且つ、幸福を感じるだろうが、しばらくすると、この豊かさを失いたくない想いに振り回されて、却って、不幸を感じるようになるが、一方、貧乏の間は、失うものが無いゆえ、失う恐怖からくる不幸感がなく、不幸感の不在が却って幸福感となり、それが豊かさの源泉になることもある。
そうすると、
幸福を感じる量の大きいことが、豊かさを感じることに一概に繋がらないことがわかってくる。
一方、
不幸を感じる量の大きいことが、豊かさを感じることに繋がることもあり得ることもわかってくる。
従って、
豊かさを感じる物差しに、健康・病気二元要因はまったく関係ないことがわかった。
豊かさを感じる物差しに、金持ち・貧乏二元要因はまったく関係ないことがわかった。
いわんや、
豊かさを感じる物差しに、幸福・不幸二元要因もまったく関係ないことがわかった。
従って、
豊かさの物差しに、質的優位性が量的劣位性を誘導し、質的劣位性が量的優位性を誘導するという確率論的正規分布理論もまったく関係ないことがわかった。
そうすると、
少なくとも、みんなが金持ちになることは不可能だが、みんなが豊かになる可能性があることがわかるのである。