第十四章 実体・現象・本質

一元論とは実体を表わす世界感に他ならない。
二元論とは現象を表わす世界観に他ならない。
三元論とは本質を表わす世界感に他ならない。
まさに、
西洋世界で編み出された弁証法の表現を変えた言い方に過ぎない。
従って、
西洋的弁証法とは、一元論→二元論→三元論と実体→現象→本質と論理展開することに他ならない。
まさに、
一元論の世界とは、唯一性を持つ実体(実在)の見えない世界である。
二元論の世界とは、唯一性を持つ実体(実在)の見えない世界を映像にした見える世界である。
三元論とは、見えない世界と見える世界を超えた、見える=見えない、ことを理解する世界のことである。
平たく言えば、
実体(実在)世界は見えない世界。
現象世界は見える世界。
本質世界は理解する唯一の世界。
まさに、
実体(実在)は見えないのであり、見えるのは映像だけであり、理解する唯一のものが本質、すなわち、真理に他ならないのである。
従って、
一元論→二元論→三元論を実体→現象→本質と論理展開する西洋的弁証法とは、見えない世界→見える世界→理解する世界に辿り着くための方便に他ならない。
極限すれば、
真理に至るための方便に他ならない。
そして、
自然社会のすべての生きものや人間社会の子供までは、見えない実体(実在)だけの一元論世界で生きている。
一方、
人間社会の大人になることによって、現象が見える二元論世界で生きるようになったのである。
ところが、
現象が見える二元論世界で、人間社会の大人は勘違いしている世界を生きる羽目に陥ってしまったのである。
その結果、
最終的に唯一性の本質を理解する三元論世界に辿り着けない状態で立ち往生しているのである。
先ず、
二元論世界で勘違いしていることを自覚しなければならないのである。
次に、
勘違いしている二元論世界から正しい二元論世界に修正しなければならないのである。
そして、
勘違いしている二元論世界から正しい二元論世界に修正するには、意識の結晶化が必要なのである。