第三章 モンキー人間の行末

二十世紀までの文明社会は、
組織社会でした。
二十一世紀からの新しい社会は、
個人社会だと云われています。
その証左は随所で観られます。
つまり、
組織の最小単位である家族が崩壊しつつあります。
言い換えれば、
大家族制度が核家族になり、核家族の構成要因である、親と子の断絶の象徴的現象が、“オタク”の発生に観られます。
その原因は、
高度情報社会の出現にあることは云うまでもありません。
まさに、
パソコンオタクであり、携帯電話オタクであるわけです。
言い換えれば、
人間関係がなくても、パソコンさえあれば生きてゆけるのが、パソコンオタクであり、
人間関係がなくても、携帯電話さえあれば生きてゆけるのが、携帯電話オタクであるわけです。
まさに、
組織の最小単位である家族の崩壊が既に始まっているのです。
一方、
組織の最大単位である国家の崩壊も既に始まっているのです。
まさに、
ギリシャの経済破綻による国内の治安崩壊は、国家の崩壊を意味している。
タイの暴動は、立憲君主国家の崩壊を意味していて、タイの行末は、日本の行末を象徴しているのです。
まさに、
わたしたち人間社会で、
組織の大崩壊がこれから起こるのです。
まさに、
人類が猿から進化したとするなら、なぜ、猿が今でも存在するのでしょうか。
猿でもいまだに進化できていない猿がいるわけです。
では、
進化して人類になった猿と、進化できないで猿のままでいる猿とは、一体何処が違うのでしょうか。
まさに、
“地獄の一丁目には閻魔大王さんがいて、嘘をついたら、盗んだら、人殺しをしたら、悪いことをしたら、自殺したら、あの世で地獄に行かなければならない”
という考え方を、子供の頃に親を中心に大人から叩き込まれ、そういう親や大人たちも、彼らの親やその頃の大人たちから、同じ考え方を叩き込まれ、いまだに進化できていない猿まで辿り着くわけです。
いつか、人類が進化した最先端の生きものが、人類を見て、なぜ人類が今でも存在するのかと思われる時代がやってくることを示唆しているのです。