第八十四章 バランスの取れていない近代社会

清貧の自然社会で生きているものはすべて、それぞれ固有の朝・昼・夜・春・夏・秋・冬という四季(死期)がわかる自己完結の真の天国の一生を全うするのに対して、貪欲の人間社会で生きているものはすべて、それぞれ固有の朝・昼・夜・春・夏・秋・冬という四季(死期)が一生わからず、突然の死に襲われる真の地獄を味わう。
自然社会は一見弱肉強食の修羅世界のように見えますが、実はバランスの取れたユートピアの世界なのであります。
人間社会は一見利便性のよい天国世界のように見えますが、実はバランスの取れていない修羅の世界なのであります。
人間社会だけに差別・不条理・戦争があるのがその証左です。
自然社会には差別・不条理・戦争は一切ありません。
結局の処、差別・不条理・戦争の原因は、バランスの取れていない社会にあるのです。
バランスの取れている社会とは、自然の食物連鎖の法則が厳然と機能している社会のことであり、ある種だけが異常発生するようなことは決してない社会のことであります。
バランスの取れていない社会とは、自然の食物連鎖の法則が崩れた社会のことであり、ある種が突然異常発生する社会のことであります。
人類の数、つまり、人口が異常発生しだしたのは、16世紀の近代社会以来であり、特に二十世紀に入ってからその兆候は顕著になった。
紀元0年におよそ3億だった人口が、紀元1500年には4.3億にしかなっていないのですから、人類という種は実質殆ど変化していない。
つまり、古代の奴隷社会、中世の荘園制度に基づく人間社会の歴史は、近代の民主主義制度に比して差別・不条理・戦争が酷い時代であったかのように伝えられているが、それは自然社会の食物連鎖の法則に基づいたものであったわけで、それよりも近代の民主主義制度の方が食物連鎖の法則を崩す、地球レベルで言えば、バランスの取れていない社会と言えるのであって、だから、人口が異常発生したわけです。
バランスの取れた社会とは、地球とのバランスが取れた社会のことに他ならず、バランスの取れていない社会とは、地球とのバランスが取れていない社会に他ならないのです。

「こころの琴線」第一部[死の本質] −終わり−