第八十一章 人類が今為すべきこと

人間が自然社会から逸脱した生き方をしたのが、悩みや苦、そして、死の恐怖に苛まれる四苦八苦の人生を送らなければならなくなった原因であります。
成功と失敗という二元論的考え方の人間社会。
清貧一元論的在り方の自然社会。
自然社会では、富める者と貧しい者の区分けは一切なく、すべてのものが清貧に生きています。
清貧とは、清く貧しくという意味ではなく、自然と一体感(全体感)、つまり、自然を全面信頼して生きる様を言うのです。
清貧とは、昨日の糧を持ち越すこともなく、明日の糧を心配することもなく、『今、ここ』を生きることに他なりません。
朝になったら起きるのではなく、昼になったら昼食を採るのではなく、夜になったらセックスをするのではなく、眠たくなったら寝るだけであり、空腹になったら食べるだけであり、春になったら交尾をし、冬になったら死ぬだけのことであり、それが清貧に生きることの極意であります。
それぞれ固有の人生があるように、それぞれ固有の朝・昼・夜・春・夏・秋・冬という四季(死期)がある。
人間社会だけが、朝に為すべきこと、昼に為すべきこと、夜に為すべきこと、春に為すべきこと、夏に為すべきこと、秋に為すべきこと、冬に為すべきことを規定して、自らの固有性、つまり、自由を奪っているのです。
だから、唯一最後の約束事である自己の死も自由にならないのです。
地球上に存在するものはすべて、地球との約束事に部分観としての責任があるだけで、地球以外のものに対しては完全に自由であります。
それが固有の部分観の所以であります。
人間以外の生き物はすべて、地球のルールに従って生きています。
つまり、清貧に生きています。
人間だけが、人間社会のルールに従い、地球のルールを冒しています。
つまり、成功と失敗の二元社会で生きています。
人間社会だけに、支配・被支配二層構造と世襲・相続の差別制度に基づく差別・不条理・戦争が横行するのは、清貧に生きていないからです。
人類が今為すべきことは、みんなが清貧に生きはじめることです。