第八章 破られるための法律

旧約聖書に有名な十戒があります。

・神は主なるわたしをおいて他にいてはならない
・あなたは、いかなる偶像崇拝もしてはならない
・あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない
・あなたは六日働いて七日目は安息日として休まなければならない
・あなたの父母を敬いなさい
・あなたは殺してはならない
・あなたは姦淫してはならない
・あなたは盗んではならない
・あなたは隣人に対して偽証してはならない
・あなたは隣人の所有するものを欲してはならない

この十の戒めが、聖書をバイブルとするユダヤ教、キリスト教、イスラム教の世界のみならず、すべての現代人間社会でも、倫理観の中心となって世の中の常識となっている。
しかし、自然界を見渡してみると、これらの戒めはすべて適用されていないことがわかります。
自然界では、殺しは常識です。
自然界では、盗みは常識です。
自然界では、姦淫は常識です。
といった具合に、自然界と人間社会とではまるで常識が違う面がある一方で、自然界では、偽証、つまり、嘘をつかないのが常識です。
といった具合に、自然界と人間社会とを貫く常識もあるように、実に複雑怪奇な教えです。
十戒を突き詰めてみると、
・してはならないが、するだろう
ことを羅列しているだけで、逆に言えば、そそのかしていると言った方が適切です。
現に、殺してはならない、盗んではならない、姦淫してはならない、嘘(偽証)をついてはならない、といった戒めは法律で定められているにも拘わらず、人間は日々破っているし、偶像崇拝(お金を拝むこと)をしてはならない、といった教えも破っている。
聖書の十戒は、自然界と反することをするようにそそのかしているように思えてなりません。
犬や猫は神社・仏閣に対して平気で小便をひっかけるが、罰が当たるようなことは決してありません。
人間社会にある常識は、自然界ではまったく通用しません。
自然界は宇宙の法則に従っているから、自然界の常識を逸脱したら、人間社会といえども罰を受ける羽目になる。
そんな中で、人間社会にある最大の常識が、“必ずやって来る死は恐ろしい”ということです。
殺しや、盗みや、姦淫や、ましてや、嘘は平気でする人間ですが、“必ずやって来る死は恐ろしい”には無条件降伏しています。
“必ずやって来る死は恐ろしい”という人間社会だけにある常識を打破しない限り、自然界は人間社会を受け入れてくれないでしょう。