第七十六章 死の体感

死の概念を知ったわたしたち人間は、死を遠い先のことだと思い込み、先伸ばしの人生を送る。
しかし、今まで死んだ人は悉く突然の死に見舞われる。
癌であと三日の命と医者から宣告された人でも、死は突然襲ってくる。
死の概念、つまり、“いつか必ず死ぬ”という支離滅裂な考え方に惑わされている限り、先伸ばしの人生を送り、挙句の果てに、突然の死に見舞われる。
過去・現在・未来に想いを馳せながら生きる人生のことを、先伸ばしの人生というのであり、悩みや苦、そして、死の恐怖に苛まれることになるのは、突然の死に見舞われるからに他なりません。
突然の死が怖いわけであり、突然の死から逃れるためには、自己の死期を自ら知るしか道はないのです。
死の概念とは、“いつか必ず死ぬ”のではなく、“自分は・・・必ず死ぬ”というものでなければならないし、死期は自ら決定すべきであります。
死の本質、つまり、真の死は自殺である所以であります。
自殺を推奨しているわけではなく、悩みや苦、そして、死の恐怖に苛まれない人生を送るためには、自殺という死の形態しか方法はないと申し上げているのです。
死の概念を持ったわたしたち人間にとって、死とは“いつか必ず死ぬ”のではなく、“自分は・・・必ず死ぬ”というものでなければならないし、死期は自ら決定すべきであります。
死の概念を持たない他の生き物にとっては、死がわからないのですから、死期もわからないのです。
過去・現在・未来という実時間に想いを馳せ、先伸ばしの人生を送る限り、悩みや苦、そして、死の恐怖に苛まれる。
『今、ここ』という虚時間を生き切ると、“自分は・・・必ず死ぬ”そして、死期は自ら決定する生き方をすることが出来るのです。
つまり、死は随所にあることが体感できるのであります。