第五十三章 この世とあの世

生きている者の世界(この世)と死んだ者の世界(あの世)を貫くのは三元論の考え方であり、二元論の考え方から三元論の考え方に変わらない限り、悩みや苦、そして、死の恐怖に苛まれることから逃れることはできません。
二元論の限界はここにあります。
生きている者、つまり、運動している者の世界(この世)でしか二元論は通用しない。
誕生・生・死という円回帰運動の世界を貫く世界(この世とあの世)では三元論しか通用しない。
これはどう意味でしょうか。
二元論が通用する、生きている者の世界(この世)は、過去・現在・未来という時間に支配される世界のことであります。
つまり、運動の世界が生きている者の世界(この世)なのです。
三元論しか通用しない、生きている者の世界(この世)と死んだ者の世界(あの世)を貫く世界は、過去・現在・未来という時間に支配されない世界のことであります。
つまり、静止・運動の世界が生きている者の世界(この世)と死んだ者の世界(あの世)を貫く世界なのです。
時間には二種類あって、過去・現在・未来という動く(流れる)時間のことを実時間と言い、『今、ここ』という動かない(流れない)時間のことを虚時間と言います。
この世とは、過去・現在・未来という動く(流れる)実時間に支配されている世界。
この世とあの世を貫く世界とは、『今、ここ』という止まっている(流れていない)虚時間に支配されている世界。
悩みや苦、そして、死の恐怖に苛まれて生きる世界は、過去・現在・未来という実時間に支配されているこの世という水平の世界であります。
悩みや苦、そして、死の恐怖に苛まれないで生きる世界は、『今、ここ』という虚時間に支配されているこの世とあの世を貫く垂直の世界であります。
この世とあの世とは別の世界ではなく、考え方次第の世界に他なりません。