第四十五章 絶対的「死」と相対的「死」

コミュニケーション(communication)である対話(dialogue)とは二元論(dualism)を基にしている。
二元論は、自他の区分けをする自我意識(エゴイズム)を生む部分観に他なりません。
コミュニオン(communion)である感応(monologue)とは一元論(monism)を基にしている。
一元論は、自他一体の全体感に他なりません。
従って、
他人の言葉を気にする生き方では潜在能力を100%発揮できない。
コミュニケーション(communication)とは自他の間における対話(dialogue)であり、二元論、つまり、貧・富問題、健康・病気問題、幸・不幸問題、善・悪問題、賢・愚問題、支配・被支配問題、強・弱問題、男・女問題、そして最終的には生・死問題を生むことになります。
わたしたち人間が、悩みや苦、そして、死の恐怖に苛まれる人生を送る羽目に陥っているのは、死を生・死二元論問題として捉えているからです。
相対的「生」を生きるから、相対的「死」を死ぬことになるのです。
絶対的「生」を生きると、絶対的「死」を死ぬことができるのです。