第四十三章 細分化(複雑化)

老子の言葉として伝えられているシンプルな格言があります。
“真理を語ることはできない、語ることができるものは真理ではない”
無為自然の道を説く老子らしい言葉ですが、要するに、知性(知識)が生んだ言葉、つまり、オーラルランゲージでは真理を伝えることはできない、知恵(体験)が生んだ言葉、つまり、ボディーランゲージが真理を伝えることができると言っているのです。
知性を獲得したわたしたち人間は、自他の区分けをする自我意識(エゴイズム)を持つようになり、自我意識(エゴイズム)が自他の区分けをする為に言葉、つまり、オーラルランゲージをつくった。
言葉、つまり、オーラルランゲージとは区分けの手段だったわけです。
言葉が、間違った二元論である好いとこ取りの相対一元論の元凶である根拠がここにあります。
言葉、つまり、オーラルランゲージこそが細分化の原点であったのです。
科学とは突き詰めてみれば事象の細分化に他なりません。
言葉、つまり、オーラルランゲージの誕生こそが科学を生みだしたわけですから、言葉の誕生は部分観のレベルでは進化であっても、全体感のレベルでは退化であります。
科学が発達した先進国の人間ほど、悩みや苦、そして、死の恐怖に苛まれる原因は、知性(知識)の生んだ言葉が四苦八苦を更に細分化しているからです。
“真理を語ることはできない、語ることができるものは真理ではない”
要するに、“阿呆ほど、ものごとをややこしく考える!”
と老子が言っているのです。