第四十章 生の継続性

言葉、つまり、オーラルランゲージは人間社会だけにしか通じない音であるのに対し、ボディーランゲージはすべての存在物に通じる音です。
人間社会とは、5000種類の言語を、2000種類以上の民族が、200種類の国家に区分けして自国語としている、実に愚かな生き物社会です。
元を糾せば、2000種類の民族も、白色アーリア系、アフリカン・ブラック系、黄色モンゴロイド系の3種類の人種から派生したものなのに、今では、200種類の国家、2000種類以上の民族、5000種類の言語にまで細分化してしまった。
差別・不条理・戦争の絶えない人間社会は、こういった人種の区分け、民族の区分け、国家の区分けによって形成されてきたわけですが、言葉の区分けがその元凶であったわけです。
言葉、つまり、オーラルランゲージの区分けこそが、人類の知性(知力)を進化させた反面、人類の潜在能力を20%以下にした張本人であるのです。
わたしたちは、人間の出来不出来を天才・秀才・鈍才などと区分けしますが、その区分けは潜在能力の発揮度に拠るだけのことで、他の生き物はすべて天才なのです。
潜在能力100%の発揮度が天才。
潜在能力20%以上の発揮度が秀才。
潜在能力20%以下の発揮度が鈍才。
では、潜在能力の発揮度を高めるにはどうしたらいいか。
潜在能力を低めているのが言葉、つまり、オーラルランゲージであり、潜在能力を高めているのがボディーランゲージである点に注目することです。
知性による知識は言葉、つまり、オーラルランゲージであり、潜在能力を高めるどころか低める原因です。
経験による知恵がボディーランゲージであり、潜在能力を高める要因です。
ところが、ひとたび知性を得た人間が他の生き物のような生き方をすることは最早出来ません。
そうであるなら、知性による知識を、経験による知恵にまで向上させるしか道はありません。
オーラルランゲージをボディーランゲージにまで向上させるしかない。
口先だけの言葉から、体で動かす体験にまで向上させるしかない。
その唯一の方法は継続です。
継続とは、ひとたび始めたら死ぬまで止めないことを言います。
ひとたび生を受けたら死ぬまで止めないのが生の継続性の正体に他なりません。
わたしたちは、果たして生の継続性を実行しているでしょうか。
生の継続性とは、『今、ここ』を生き切ることに他なりません。
ボディーランゲージで生きている他の生き物はすべて『今、ここ』を生き切っているのです。